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【ショートショート】六本木のタクシーの運転手さんとの思い出
地方の大学を卒業後、憧れの東京のプログラミング会社に新卒で入社して半年。
研修が終わって初めて任されることになったプロジェクトの初日。僕は午前2時に六本木の会社の前にあるタクシー乗り場にいた。
「ああ、こんな日が毎日続くとしたら体がもたないかもしれない・・・」
そう独り言を呟きながら、僕はタクシーに乗り込んだ。
「中目黒までお願いします」
緊張とストレスで疲労困憊となっていた僕はそう伝えるのでやっとだった。
「わかりました」
タクシーの運転手は穏やかな口調で応じ、タクシーは静かに走り出した。
次の日。
また同じように疲労困憊の中、タクシーを拾い「中目黒までお願いします」と運転手に伝えた。
「わかりました」
その穏やかな声に続き、タクシーは静かに走り出した。
その声を聞き、「あれっ」と思いタクシーの運転席を見ると昨日の運転手だった。
こんな偶然ってあるんだと思いながら僕を乗せたタクシーは家路に向かった。
その次の日も、また次の日も深夜帰りが続き、不思議な事に僕は毎日同じ運転手(以降は“おじさん”と呼ぶことにしよう)のタクシーに乗り家に帰る日が続いた。
僕は次第におじさんと話をするようになった。と言っても、僕が会社の愚痴や将来の夢、友達、彼女の話を、六本木から中目黒に着くまでの20分間の間に一方的に話すだけだ。
おじさんはいつだって穏やかに、「そうなんですか」「大変ですね」「本当ですか」と応えてくれ、そこ声が心地良くて僕はいつも癒されていた。
そんな生活が3か月ほど続き、僕の初めてのプロジェクトがようやく終わりを迎えた。
お客さんへの納品に時間がかかり、最終日も結局いつもと同じ午前2時まで働く事になったが、気分はいつもと違って晴れやかだった。
「ようやく終わりました。毎日ありがとうございました」とおじさんに伝えたくて、タクシー乗り場へ向かうと、そこにおじさんの姿はなかった。おかしいなと思いながら、その日は別のタクシーに乗り込み、中目黒へ向かった。タクシーの中で六本木の街を眺めながら、僕は仕事に対して少し自信が出てきたかもしれないと考えていた。
その次の日以降、たまにタクシー乗り場に行ってはおじさんがいないかと気にかけてはいたが、見つかる事はなかった。最初は病気でもしたのかなと心配していたものの、所詮は運転手と乗客の関係。次第に仕事が忙しくなるにつれ、おじさんの事を忘れてしまっていた。
*
僕は日々の仕事を全力でこなしていた結果、ある日上司に「プロジェクトの一つのパートを全て任せる」と伝えられた。日々の仕事が認められた事に対する嬉しさがある半面、新卒で入社した時と同じく、また大きな緊張とストレスを感じていた。
翌日、そのプロジェクトの初回打合せのため、上司と客先に向かう事になった。印刷した打合せ資料が入った紙袋を片手にタクシー乗り場へ向かい、ちょうどやって来たタクシーに乗って僕は驚いた。
「おじさん」
無意識に僕は少し大きな声を出していた。そう、そこには新卒入社してすぐに毎日僕を乗せてくれた、おじさんがいたのだった。
怪訝な顔をする上司に向かって、僕は入社後の3か月間、毎日おじさんに乗せてもらっていたこと、また、いかに毎日助けられていたのかを伝えた。
すると上司は意外な事を口にした。
「そっか、お前はまだ東京に出てきたばかりだから、知らないんだな。今や東京のタクシーは全て自動運転になっていて、人の運転手はいないんだよ。ここには運転手がいるように見えるけど実は、乗客の精神状態や体調をセンサーが感知して、乗客のコンディションに最も適した姿や性格の運転手がAR技術を使って投影されているんだよ」
「えっ」と僕が驚いている間に、自動運転のタクシーは静かに目的地に向けて走り出した。
(了)
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