食ってやろうか?①【短編小説】
私に悪いことは起こらない。
「バックン、バックン。今日も嫌なことがあったの」
「なにがあった」
目の前に居るバックンが好奇心旺盛な目で見てきた。
「また今日もクラスメートのヤユちゃんに虐められた」
私が通っている小学校の、一つ年上の女の子のヤユちゃん。
ヤユちゃんはすごく意地悪だ。
何もしていないのに、気持ち悪いって言って、今日は私の鞄を投げてきた。
周りは何も言わない。その様子を見ているだけだ。
バックンは布団の上を飛び跳ねて言った。
「食ってやろうか?」
その言葉を待っていた。私は笑顔で頷く。
でも、すぐに不安になる。
バックンは私の悪い夢を食べてくれる。
でも、食べた後は人形のように動かなくなる。
何回か飛び跳ねて、口を開けた。
まって、とそういう前にバックンが飛び込んできた。
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ジリリリンと、うるさい音がする。音の鳴る方へ手を伸ばし、つかんだ。
ゆっくりと起き上がる。
目を擦り、背伸びをした。
気分は悪くない。
ベッドから起き上がると、何かがボトッと落ちた。
それは、動物のぬいぐるみだった。
象さんよりは短いけど私よりは長い鼻。耳は豚さんみたい。足は四本。クリッとした目に、全身真っ黒だ。
なんの動物かは分からない。
ただ、お父さんが旅行先で買ってきてくれた物だった。
寝る時に、一緒に寝てごらん。嫌な夢を食べてくれるよ
お父さんがそう言った。
私が、嫌な夢を見ないのは、この人形のお陰なのかもしれない。
「チヨ!遅刻するわよ」
お母さんの声が聞こえた。私は着替え、学校に行く準備をした。
学校は楽しい。仲の良い友達もいる。
でも、休み時間は嫌い。だって、ほら。
「あ、いたわよ」
4年生のヤユちゃんが、友達を連れて来た。
ニヤニヤと笑っている。
「目を合わせない方がいいよ。またぶつぶつ言って、呪われるから」
楽しそうに笑いながら言う。
何だかムカムカしてきた。私が椅子から立ち上がると、隣にいるヒナタちゃんが「やめときなよ」と心配そうに見てきた。
私は「大丈夫」と答えて、ヤユちゃんの所へ行く。
ニヤニヤ顔から、怒った顔になる。「昨日の続きやるって言うの?」とわけのわからないことを言ってきた。
「あんたが悪いんじゃん!」
後ろの二人も「そうよ」と言ってくる。
「私、何かした?」
「そうやって、澄ました顔で、人をおちょくって」
「ごめんなさい、何を言っているのか分からないわ」
そう言うとヤユちゃんはカッとなり、私を押した。
よろけた私は尻もちをつく。ヤユちゃんは何か言っている。
私は、ヤユちゃんに飛びかかった。
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「きいてよバックン。今日もヤユちゃんに虐められた」
「またか。君はいつもそうだな」
そういうバックンの目はやっぱり笑っている。
「私は何もしていないのに、怒ってくるの」
「それはそれは」
「本当に、むかつく」
「そうかそうか」
私は次の言葉を待つ。でも、いつもの言葉が返ってこない。
「あのね、嫌なことがあったんだけど」
「きいたよ」
楽しそうに言うバックン。私は楽しくないのに。
「どうにかしてよ」
珍しくバックンが首を傾げた。
「うーん。いいの?それで」
「どういうこと?」
「いやぁ、君がいいならいいけど。そろそろ目を開けた方がいいんじゃない?」
「目は開けてるよ」
そう言う意味じゃ、ないんだけどなぁとバックンは困ったように笑った。
「でも、まぁ、食ってやろうか」
その言葉を待っていた。でも、それと同時に不安になる。
ベッドを何回か飛び跳ね、バックンが口を開けた。
私が何かを言う前に、バックンが飛び込んできた。
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ジリリリンと、うるさい音がする。音の鳴る方へ手を伸ばし、つかんだ。
起き上がって目を擦り、背伸びをする。
カーテンを開けて窓も開ける。雲一つ無い良い天気。
今日も目覚めは良い。
〈続く〉
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