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翼が無いと分かった僕は地面をひた走る⑨【小説】
翌日の昼前。約束の時間通りに翼は来た。
インターホンを鳴らす代わりに、愛犬のらんの嬉しそうに鳴く声で誰が来たのかが分かる。
玄関をあけると、尻尾を振って翼の前ではしゃいでおり、翼も嬉しそうに「久しぶりだなぁ」と言ってらんの頭を撫でている。
「不法侵入だ」
「え、あぁ。ごめん」
敷地内に入っていた翼は立ち上がり、頭を下げた。冗談が通用しない奴だな。
「らんちゃん、久しぶりに会ったのによく僕の事が分かったな」
「それは、名付け親の事くらい覚えてるんだろ」
「あの時はまだ子犬だったのに。もうこんなに大きくなって」
よしよし、と頭を再び撫でる。
らんは翼と俺が小学5年生の時に空き地で拾ってきた。分かりやすく「拾って下さい」と書いてある段ボールが置いてあり、その中に居たのがらんだった。
真っ先に拾って帰ろう、と段ボールから子犬を抱えて言った翼だったが、すぐに立ち止まって
「でも、僕の家はきっと飼えない」と言った。
「どうして」
「昔、鳥を飼っていたんだ・・・。結局、逃げてしまって」
俯く翼に「いや、だったら無理じゃん」というと「でも、今日は天気予報も雨だったし、このまま行くとこの子は死んでしまうよ」と、その子犬と翼が同じような瞳で俺を見てくるモノだから、俺が母親に交渉したんだった。
結局、あれもこいつの気持ちを尊重して動いたんだったな。そう考えると、結構振り回されていないか?
「ところで、お前、それで行くつもり?」
「え、駄目なのか。目立たないだろ」
「鞄はな。服装の事を言ってるんだよ」
翼の服の色は目立つ赤色だった。こいつ、本当は馬鹿なんじゃないか?
「そうかな。でも、だったら着替えてくるよ」
「いい。そんな時間はない」
どうせ万引きはしないんだから。俺は家の門を開け、翼に行くぞと声を掛ける。
「それで、どこに行くんだ」
「行けば分かる」
目的地は、この時間帯に人混みで溢れているスーパーだった。こいつが今何を考えているのかは分からないが、ここまで来たらどういう行動を取るのか興味が湧いてくる。
翼の方をちらっと見ると、顔が強ばっていた。
「なぁ、ふと思ったんだけど」
強ばった表情のまま俺の方を向いてきて、「万引きをした後って、何が残るんだ」と聞いてきた。
質問の意味が分からず、俺は返答に困った。
「いや、だって、リスクの方が大きくないか。運良くバレなかったとして、それで残るのは罪悪感だろ。でも、バレたら、ほら、色々な人に知れ渡る。親とか」
罪悪感が残るとか言う時点で、お前は優等生なんだよ。万引きをするやつはそんなことを考えてねーよ。少なくとも、自発的にやるやつは。
結局翼の質問には答えず、そのまま二人とも無言で目的地まで歩いた。
「ここだ」
スーパーに着き、店の自動ドアを二人で入る。相変わらず休日のこの時間は人が多い。その多さに圧倒されたのか、翼は呆然とその場に立ち尽くしている。
「ほら、どうする」
「どうするって」
「やっぱり止めとくか」
俺は意地悪くそう聞いた。翼の握った拳は微かに震えている。
「なぁ、白上。万引きをするときに親にバレたらどうしようとか思わなかったのか」
「親?」
翼がこっちを向いて頷く。額に冷や汗を掻きながら「いや、何でもない」と言った。
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