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翼が無いと分かった僕は地面をひた走る⑦【小説】
生徒指導室を出てから誰も居ない廊下を進む。
廊下は静まりかえっていた。
今はどこのクラスも授業中だ。返って良かった。今は誰にも会いたくない。
石下からは今日はもう帰って明日に備えろと言われた。そっちの方が切り替えられるだろうと。全て、「お前の為」と文言がつくが、それも違う。今教室に行ったところで、変に注目を浴び、憶測が飛び交うのが迷惑なのだろう。別に、俺にとっては好都合だが。
階段を降りてそのまま昇降口へ向かう。
「白上」
階段を降りている最中だった。頭上から声が聞こえてくる。
「どうして」
上を見上げると、富田翼が戸惑いの表情で立ちすくんでいた。
さっさの話がもう校内に広がっているのか。
いや、どうせ石下が翼にだけ言ったのだろう。大方、自習という形で教室を空けるから、生徒会長の翼に教室内を見ておいて欲しいとでもお願いしたに違いない。
それに石下にとって、全校生徒の模範的存在の翼はお気に入りの存在だ。秘密を共有するという形で繋がりたかったのかも知れない。これは邪推か。
「何が」
「何って、万引きの事だよ」
翼が階段を降りて、俺の目の前まで来る。
「何だ、もう知ってるのか。どうせ石下だろ」
「先生、な」
軽く吹き出す。こいつは、どこまでも優等生だ。
「おーおー。そうだった。石下先生、な。で?その石下先生に教室を任されたんじゃないのか?お利口な翼君がこんな所にいたら駄目だろ」
「それは大丈夫。副委員長に任せてきたから。今教室は静かだよ」
俺の嫌みにも乗ってこない。こいつは小学生の頃からこうだ。俺は舌打ちをした。
「何で万引きなんてした」
「万引きするのに理由なんかねーよ」
「そんな筈ないだろ。お前がこんな事をするなんて、何かあったに違いない」
真剣な表情で「何があった」と聞いてくる。
いつからだろう。こいつのこの正義感に溢れた顔を見るのが辛くなったのは。
「あのな、優等生のお前には分からないかも知れないけれど、万引きをやっている奴なんて、俺たちの周りにいくらでもいるんだよ。お前が知らないところでな」
「じゃあそいつを教えてくれ。僕が一人一人に話を聞いてくる」
先ほどよりも少し声に苛立ちを含んでいた。
「お前、マジで言ってんの?そこまで来たら笑えねーわ。何様だよ」
自分が話せば分かってくれるとでも言いたげなその目に、俺も苛立ちを覚える。
そうか、分かった。辛いんじゃない。小学生の頃から、こいつのこういう勝手に決めつける所が嫌いなんだ。
「もう勘弁してくれ。さっき石下にも指導をされたんだ。もうお腹いっぱいなんだよ。見逃してくれよ生徒会長殿」
俺は翼の方に手を軽く置いて、その場を去ろうとした。そのまま帰ろうとしたときに、肩を強く押さえられた。振り返ると、翼が真剣な表情で「何でそんなことをしたんだ」ともう一度聞いてきた。
俺はため息をついて答えた。
「そんなに知りたいか?」
「あぁ、知りたいね。少なくても、僕はお前の事を大切な友人だと思っている。その友人のお前が何でこんなことをしたのか知りたい」
友人。
その言葉に少し胸が痛くなる。
中学に上がった当初は良かった。小学校の頃からずっとやっていたサッカー部にも所属し、俺は中学生活をずっとサッカーに捧げようと思っていた。その横には、小学生の頃のように、翼もいると信じていた。だけど、お前だろ。先に約束を破ったのは。
「俺の気持ちを知りたいなら、同じようにしないと分からないだろうな」
翼は首を傾げ、俺の言葉を繰り返しどういうことかと聞いてきた。
「だから、同じように万引きでもしないと分からないだろうなって言ってんだよ」
これでこいつも諦めるだろ。俺の妙な理屈に付き合い切れないだろ。翼は目をつり上げながら、俺の方を見ている。怒っているのか、呆れているのかは読めない。俺は何も言わずに階段を降りていった。
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