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翼が無いと分かった僕は地面をひた走る⑫【小説】

石下はやはり父さんに電話をした
電話に出た父さんは仕事を切り上げ、すぐに学校へ来た。
石下が昨日の万引きと合わせて状況を説明すると、深く頭を下げた。
帰り道、二人して無言で歩いていると父さんが「馬鹿野郎」と言った。

「だが、俺だって若い頃はそういう経験がある。大事なことは、繰り返さないことだ」と続けた。

父さんに聞きたかった。
何で俺が万引きをしたと思う?と。そう思っていると、まるで心を見透かすように「原因は、俺だろう」と言った。

その声で顔を向けると、照れくさそうに笑っていた。

「学生の頃、父さんが万引きをした理由は、親だった。振り向いてもらいたくてな。お前のお婆ちゃんもお爺ちゃんも、仕事一筋だったから」

父さんは立ち止まり、「すまなかった」と頭を下げた。俺は、下を向く。情けない顔を見せたくなかった。乾いた地面の一部が、点々と濡れていく。ごめん、と一言謝った。

家に着くと、翼が玄関の前で立っていた。俺と父に気づくなり駆け寄ってくる。横に居る父に挨拶をし、俺には何か言いたげに「その、あの」と言葉を詰まらせている。俺は翼に向かった笑いかけた。翼は驚いた顔をする。

「父さん、少年サッカーを一緒にやっていた翼」

「覚えているよ。大きくなったなぁ」と、父が懐かしそうに言う。

「今日は息子がすまなかったね」

「いや、本当に、僕の方こそ」

翼が言いよどみ、頭を下げる。

「翼君。お昼はまだだろう。一緒にどうだい。今日は俺が腕を振るおう」

「父さん、仕事は」
「今日はもう休みを貰ったんだ。馬鹿息子に説教をしなくてはいけないからな」

作業着の父はそう言って、俺に笑いかける。
土木現場で勤務している父の作業着は汚れている。毎日見ている筈なのに、俺は久しぶりに父の仕事着を見た気がした。俺も父につられて笑った。翼の方を見ると、まだ泣きそうな顔をしている。

父が料理の買い出しに行っている間、俺はリビングのテーブル上に翼に先ほど盗んだ雑誌を置く。

「何でこれを盗んだ」

盗んだのは、サッカー特集が載ってある雑誌だった。
翼はそれを虚ろな表情で見つめる。ごめん、ともう一度頭を下げた。

「謝って欲しいわけじゃ無い。何度も言うけど、俺が悪い」

それに、感謝したいくらいだった。結果的に、父とゆっくりした時間を過ごせる。胸の内にあるモヤモヤも、今なら父に打ち明けられる気がする。

「俺が聞きたいのは、お前が本当は何がしたかったのかっていう事だ」

こいつは馬鹿じゃ無い。本当に万引きをしたらどうなるかくらい、分かっていた筈だ。それをわざとバレるように、大げさにやったあの行動の意味は。そう、まるで先ほど父が言っていた、注意を引く子供だ。怒られるのを、叱って貰うのを、構って貰うのを待っているような。

「翼、お前、家族とさ・・・」

「いいよな、やっぱり」

そう言いかけると、翼がその言葉を遮るように重ねてきた。

「お前の父さん。久しぶりに見たけど、ぶっきらぼうで、だけど暖かくて」

羨ましそうに笑いかける翼を見て、何も言えなかった。
翼はリビングの壁に飾っている絵を見て「あれ、まだ飾ってくれているのか」と聞いてきた。

「ああ、実は、結構気に入っている」

「そうか。嬉しいよ」

そういう割には、笑っていない。

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