神様どうかこれ以上は【短編小説】
人は、祈る。
どうか願い事が叶いますようにと。
「もうすぐだぞ」
時計を見ながら兄が僕に話しかけてくる。
僕はため息をつきながら兄を見た。
さっきからずっとこうだ。
テレビでは住職が除夜の鐘をついている姿が映っていた。
あと一分で年が明ける。
父はリビングの炬燵で寝ており、母は自分の部屋で布団に入っている。そして来年から社会人になる兄は年が明けるのを今年も待っている。
我が家の年末年始はいつもこんな状態だ。
「5.4.3.2.1。明けましておめでとう!」
兄がテンション高くハイタッチを求めてくる。僕はしかめっ面でそれに応じた。
「なんだよ、翼。年が明けたって言うのに。辛気くさいな」
それはしかめっ面にもなる。
僕は今年高校を卒業する。
進路は推薦で大学への入学が決まっているが、今年は最悪だ。
何せ、今年は。
「あぁ、お前今年本厄か」
そう、今年僕は最悪な年なのだ。
「馬鹿、そんなもの信じなくて良いんだよ」
兄は笑いながら背中をたたいてくる。
こっちの気も知らず、そのまま「ちょっと外出てくるわ」と出掛けていった。
大方、友人と会う予定でも立てていたんだろう。
携帯電話が鳴った。
『明けましておめでとう』
幼馴染みの高瀬 美沙からだった。
『良かった、起きていて』
「当たり前だろ」
『よく言うよ、いっつもこの時間寝てるくせに』
美沙は怒ったように言う。だけどすぐに楽しそうに『まぁ、今年は起きてるって思ってたけどね』と言ってきた。
「なんで」
『だって、翼は今年本厄でしょ。気になって寝れないだろうなって』
本当に最悪だ。幼馴染みの笑いのネタにもされている。
寝たら悪夢を見るかもしれない、と思うと寝れなかった。
『じゃあ、行きますか』
「どこに」
『初詣だよ』
「嫌だよ」
なんでこんな夜遅くに初詣に行かなくてはならないのか。外は寒いし人は多いし、良い事なんて何一つない。
『いいの?このまま厄払いせずに』
ギクッとした。
『ほら、いつも行っている近くの神社。厄払いしておいた方がいいんじゃない?』
「・・・行くよ」
仕方ない。全ては今年一年を健康で過ごすために。そう返すと幼馴染みは笑った。
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「お待たせ」
約束の時間から10分ほど遅れて幼馴染みはやってきた。
「遅い」
ごめん、と言って両手を合わせる。
美沙はマフラーを身につけニット帽の中に髪をいれていた。
家から徒歩15分の所にある神社は、深夜のこの時間帯でも人がチラホラと見えた。
全員、厄年なのだろうか。
「もうみんな寝てるの?」
歩きながら、神社の中に入る前に一礼を行い、右にあった手水舎で手と口を清める。
「寝ているよ」
「もう恒例だね」
美沙も同じように清め、そのまま拝殿に向かう。
「今年は良いことがあったらいいね」
「いや、既に不吉なことが何個か起こっている」
流石、本厄だ。
何、と美沙が楽しげに聞いてくるので僕は少し躊躇ったが答えた。
「まずは、机に飾ってあった写真が落ちてきた。僕の小さい頃の」
「うん」
「次に、出発前に靴を履くと、靴紐が切れていた」
「古かったんじゃない?」
「いや、去年の年始に買ったばかり」
「一年履いていたら切れることもあるでしょ。それから?」
「最後に、黒猫が横切った」
「夜だから、見間違えたんでしょ」
「街灯の下を通ったんだよ」
「黒猫が横切ったら縁起がわるいんだっけ?というか、どれもこれも思い込みでしょ」
そうだといいんだけど。
そうこうしている間にも、拝殿についた。
美沙と一緒に鐘を持ち、5円を入れる。
二拝二拍手一拝。そして祈る。
神様どうかこれ以上は、不吉なことが起こらないように。
参拝を終え、二人で戻る。
「これ以上悪いことが起きないように、何て祈ったんでしょ」
からかうように言う美沙を一瞥した。
「そういうお前は何をお願いしたんだよ」
「私は、好きな人と結ばれますようにって」
そんなことを神様に願うな。
幼馴染みは野球部のマネージャーをやっていた。よく知り合いの男友達に「あんな綺麗な子が幼馴染みって、いいよなぁ」と羨ましがられる。
よく分からない感覚だ。
ため息をまたついた。
「仕方ないなぁ。良いこと一つ、起こしてあげるよ」
美沙はそう言うと立ち止まった。
頬は少し赤らんでいる。
まさか・・・。
「付き合ってあげる」
あぁ、ついにこの時が。
はにかみながら言う幼馴染みの告白を聞いて、僕は拝殿を見た。
やっぱり、今年は本厄だった。
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