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翼が無いと分かった僕は地面をひた走る⑤【小説】


「実はそうなんです」

どうも駄目だ。自分は初対面の人に勧められると断り切れない。

「いや、いいんだよ。他人の顔色を伺うのは大事だ。俺なんか相手より自分の意見を押し通してしまうから、よく周りから敬遠されるよ」

「羨ましいです」

僕は本心からそう言った。
貰った砂糖とミルクを入れスプーンで混ぜて一口飲む。うん、美味しい。

「さて、一息ついたところで・・・」

白上さんはカップを置いて、僕の目を見た。

「改めまして、白上武です。翼とは小学生の頃からの知り合い。君のことは、この手紙に書いてあった」

そう言って、三つ折りの手紙を見せてきた。

「ここには、たった数行だけ書いてあった。手紙が届く頃にはこの世にはいないという事と、同じ高校に通っている一つ下の君が訪ねてくるから、俺と翼の一番の思い出を話してあげてくれという内容だけしか書いていなかった」

「え」

それだけ?

「そうだよ、全く。いきなり意味が分からない内容の手紙を送りつけてきて、詳細も書かずに。幼なじみに対してあまりにも失礼な奴だろう」

白上さんは苦笑しながらそういった。

「でも、まぁ、それがあいつの頼みなら聞かないわけにはいかない。実は俺はこの手紙が届いてから、翼の死を知ったんだ」

「そうなんですか」

それは、急な話で戸惑いもあっただろう。

「当然、いたずらかと思ったよ。でも、確認するとどうやら本当らしい。俺はあいつの親に嫌われているから、葬儀の話なんて来なかった。小学生からの友人という友人もいなかったからそんな大事な事も流れてこない」

白上さんは自嘲気味に答えた。こんなに明るい人なのにと、とても信じられなかった。

「でも、今こうして振り返ると、あいつが自殺する兆候はあった」

「え、それは、どんな」

「実は、あいつが死ぬ二日前に電話で話をしてるんだよ」

死ぬ、という単語が妙に軽く聞こえてきて、少し居心地が悪くなってきた。

「電話の内容は、君の話とある中学教師の連絡先の確認。それと、やっぱり青い鳥の絵の話。君の話は、自分と雰囲気が似ている男子がいるって嬉しそうに言っていたよ」

「いや、似てません似てません」

僕は全力で否定する。
先輩みたいに爽やかでは無い。野球を辞めてからと言うものの、髪は伸びきっており、髪質もたわしみたくなっている。一方で先輩は爽やかな短髪に笑顔だった。

「顔っていうか、雰囲気かな。あとは、性格。さっきのコーヒーみたいに、翼も自分の気持ちより他人っていうタイプだったから」

そんな先輩はイメージできない。

「高校も別々になったからね。年に数回しか電話で話さなかった。年始と誕生日。だから急に電話が掛かってきたから、何かあったのかと」

少しトーンが下がる。しかし気を取り直すかのように明るい口調に戻った。

「まぁ、こうして君が来てくれたんだ。翼との思い出を振り返ってみた。色々あったなって、自分で過去を思い返していたんだけど、あいつとの思い出はやっぱり、万引きだ」

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