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翼が無いと分かった僕は地面をひた走る⑩【小説】

「で、どうやって万引きをしたらいい」

ぼそぼそと言ってくるので「何?」と聞き返す。

「だから、やり方を教えてくれ」

まさかこいつからそんな言葉を聞く日が来るなんて、小学生の頃の俺が聞いたら驚くだろう。

「いいか、万引きなんてものはな・・・」

まてよ。
少し、考える。

そもそも、何で俺は万引きなんてしたんだ。

あの時、手にはちゃんと財布を握っていた。
そうだ、俺は万引きをするつもりでここに来たわけじゃ無かった。ただ、会話が聞こえてきたんだ。

仲良く、幸せそうに買い物をする母親と、まだ小さい子供が手を繋ぎながら。それを見たときに、俺は、気がつけば手に商品を取っていた。
そうか、ただの妬みか。俺は鼻で笑う。

「なぁ・・・」と隣にいる翼に声を掛けるが、返事が返ってこない。振り向くと、先ほどまでいた翼の姿が消えていた。

まさか。

慌てて辺りを見渡すと、翼はスーパーの中にある雑誌コーナーにいた。雑誌を手に取ってじっと見つめている。そして、何かを呟いた。大げさに辺りをキョロキョロし、あからさまに目立っていた。

馬鹿、止めろ。

お前は自他共に認める優等生だろ。
いや、自分では認めていなかったのか。

翼は、鞄の中にそれを突っ込んだ。そして、全力疾走で二階へと続く階段を駆け上がっていく。俺は、気がつくと走っていた。

二階は屋外への駐車場へと続いている。扉を開けると、翼が息を切らしながら空を見上げていた。俺は追いつき、肩を掴み力任せにこちらを振り向かせる。

「お前、本当、ふざけるなよ」

翼は苦しそうに笑っていた。

後ろから警備員の大きな怒鳴り声が聞こえてくる。翼は両手を挙げて、「降参」とため息交じりに言った。

「お前は、本当に・・・」

担任の石下が怒りで顔を真っ赤にさせている。

何で石下がここに居るのかというと、俺の顔に覚えがある店長は、石下の電話番号にかけてここに呼び出したからだ。

この前の時と全く同じ状況。
違うのは、盗んだ商品と万引きをしたのは俺では無いと言うことだけ。だが、石下は翼では無く、俺の方を睨んでいる。

「先生、本当に困るんですよ」

申し訳ありません、と何度も頭を下げている。

「ウチの生徒が二度も同じ事を。それも、また同じ・・・」と石下が言うと、店長が「いえ、今回はこの隣にいる子です」と翼の方を見て言う。翼はじっと店長の顔を見ていた。まるで、さぁ、どうするんですかと挑発をしているようにも感じられる。

「いえ、それは違います。確かに、取ったのはこの富田かも知れませんが、命令したのはこいつですから」

は?なに言ってるんだよ。俺が口を開き掛けたとき、
翼が「違います!僕が自分から取ったんです」と声を大にして言った。その顔は必死そのものだった。

「富田、馬鹿なことを言うな。どうせ、こいつに命令されたんだろ?クラスメートを庇うお前の気持ちも立派だがな、お前の将来の事をよく考えろ」

石下が優しく語りかける。しかし顔には冷や汗が浮かび上がっていた。

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