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翼が無いと分かった僕は地面をひた走る【小説】

先輩が飛んだ。

学校の五階の生徒会室の窓から身を乗り出し、飛んだ。

先輩が飛んだ日は日曜日で学校が休みだった。学校は休みだったが、野球部やサッカー部がグラウンドでクラブ活動をしており、そのときにいた野球部のマネージャーが第一発見者だという。
 丁度野球部が休憩のタイミングで、マネージャーがグラウンドから校舎へ戻る時に血を流しながらうつ伏せで倒れている先輩を発見したとのことだ。そのマネージャーは先輩に好意を抱いていたと言うのだから、なんともまぁ可哀想に。いや、先輩に好意を抱いていない人など、この学校には居ないのだが。

死亡推定時刻は昼。
生徒会による校内放送の時間帯。生徒会室には鍵が閉められており、他殺では無く自殺の可能性が高いと言う。そんな事を言われなくても、誰もが分かっていたことだ。

生徒会選挙では全校生徒から過半数以上の票を集めるほどの人望あり、高校全国模試では全国二位の学力あり。
助っ人で参加した野球部の試合では逆転ホームランを打ち、サッカー部の試合ではハットトリックを決めるほどの運動能力あり。親はとある有名な会社の社長をしており、その跡継ぎ息子。つまり将来有望。

そんな先輩が屋上から飛び降りた・・・らしい。
らしいというのは、僕も直接誰かから聞いたわけでは無い。ただ、そんな学校で一番有名だった先輩の今世紀最大の事件は、何も聞かなくても僕の耳にも入ってくるほどだった。他殺は無い。だが、自殺はもっとイメージ出来なかった。

自殺の原因は分からない。きっと、先輩とどれほど親しい間柄の人でも分からないだろう。それほど、先輩は誰の目から見ても輝いていたのだ。誰もが口にする。

「何で?やっぱり、他殺なのかな」
「でも、それは無いよ。学校じゃ無かったらあり得たけど、学校だよ?」
「じゃあ、何で」
と、答えが出ない問いに対して永遠とその話題が続いた。その声は好奇心からくるものではなく、悲しみで途方に暮れている声だった。

おそらく葬式には多くの人が集うのだろう。
僕は行かない。先輩の遺影を見たら、きっと僕でもぐっと込み上げるものがあって、とてもその場にはいられないと思うから。その姿を周りに見られたくなかった。先輩と僕の接点が見られない周りからしたら、とても奇妙で、嘘っぽく見えるかもしれない。それがあっという間に広まるだろう。学校生活はあと一年続いていく。そんなリスクを冒すことは出来ない。だから先輩の遺影に手を合わせることも、ご焼香をあげることも、悲しむことも出来ない。

でも、僕が先輩に質問を許されるのであれば一つだけ聞きたい。

どうして、他の誰でもなく僕に手紙を送ってきたんですかと。



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