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守り、励ます父の背中が偉大すぎた 『銀河鉄道の父』 #314

初めて読んだ宮沢賢治は『銀河鉄道の夜』だったか、『風の又三郎』だったか。なんだか胸の中がビュービューした記憶だけが残っています。最後が「めでたしめでたし」ではなかったからかもしれません。

本多勝一の本で、宮沢賢治が作家として活動しただけでなく、エスペラント語研究、農業改革の実践者であったことを知りました。

オノマトペが多用される作品から、日本語のリズムを愛した人なんだなぁというイメージを持っていて、郷土愛、人間愛に満ちた人なのだとも感じていました。

そんな賢治を育て上げた父の物語が門井慶喜さんの『銀河鉄道の父』です。第158回直木賞を受賞した小説。

賢治が生まれる瞬間から始まる物語は、地方の名士としての立場、代々受け継いだ商売人としての気概、自分とは違う宗教に引かれる息子への葛藤、病弱な息子をひたすら守ろうとする父の姿が描かれます。

6歳のころ、賢治は赤痢で2週間ほど入院することになるのですが、その時の看護の様子なんて、かいがいしいのひと言。これほど愛されていたからこそ、賢治は人にも自然にも愛を向けられたのではないかと思います。

だって、大事にされた経験がなければ、誰かを大事にしなきゃなんて発想を持ちようがないですもんね。

小説の主人公が父の政次郎なので、ユニークな息子を持つ親の視点で読めると思います。が、逆に、息子からすると、偉大すぎる父の存在はプレッシャーです。1円でもいいから、自分の手でお金を稼いでみたいという賢治の渇望は、父の希望に応えられないことへの焦りだったのかもしれない。

なぜかわたし、賢治の妹のトシは小さい子だと思いこんでいました。実際は、24歳で亡くなっています。考えてみたら、わたしがトシだと思っていたのは「火垂るの墓」の「節子」だった!

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(画像はIMDbより)

わたしが節子の年の頃、父はほとんど家におらず、友だちの家に遊びに行って、お父さんが帰ってきたのを見てびっくりしました。

(お父さんって、毎日、家に帰ってくるんだ……)

そう思うくらい、子どもの頃の記憶に父の姿はありません。その分、母が人一倍×100くらい苦労していたのですが、子どもの前で愚痴ったり、父を悪く言ったりすることは一度もありませんでした。

私の父とはおよそ正反対な政次郎に、読みながらやっぱりびっくりしました。大きな背中を見せて、守り、遊び、励ます父。でも、人間として揺らぐこともある。息子を溺愛する父の物語に触れて、宮沢賢治作品を別の角度から楽しめそうです。

2017年に岩手を旅行して、SL銀河に乗りました。『銀河鉄道の夜』の朗読を聞きながら、車内でプラネタリウムが見られますよ。

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