冒険の書(孫泰蔵)
「教育はなんのためにあるのか」「学校の存在する意義はどこにあるのか」
というワンテーマで300ページをゆうに超える分厚い本になっています。哲学書です。
「うん!」と思ったところ
学校の授業、というのは「受け取り型」が大半なので、自分で思考する事は確かにやらなくてもいい世界かもしれません。
こういう観点はなかったです。
同意します。
と書かれています。もういろいろな事が行き詰まっている現代では、これぐらい大胆な施策が必要なのかもしれません。
そして著者が言いたいことは、「ただ楽しい遊びをとことん追究すればいいじゃない」なのですが、それを実現することがいかに難しい現実か、を思い知らされます。
いたってシンプルな考えです。これを純粋にやればいいだけなのかもしれません。なのに、なぜにこの国はここまで「枠組み」がガッチリ固められているのか。
何のために生きるのか
人は何のために生きるのか。難しい問いです。
「社会の役に立つため」とすれば、その役目を終えた人は「生きる意味なし」となってしまう。かといって「いるだけで意味がある」という本もあるのですが、どうもそれでは私は釈然としない思いもありました。
本書では、内村鑑三氏の言葉が紹介されています。人間が後世に遺すことができる最大遺物として、
をあげています。
これは腑に落ちます。
「勇ましい」はなくとも、私の両親はたしかに「高尚なる生涯」を過ごしました。
母親は、毎日丹念に、全く不平をこぼさず家事をこなしていた姿がまさに「高尚なる」ものでした。父親も、定時に家を出て夜遅くに帰宅するサラリーマン生活を定年まで過ごし、その後も穏やかに家で過ごし「高尚なる」姿を見せました。
何か大きな歴史的なものを残さずとも、「高尚なる生涯」は目指すことができます。
そんな姿を、私も子どもに見せたいです。
至ってごく普通のサラリーマンのつもりですが少し変わった体験もしています。