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金魚に擬態せよ 〜私のドレスコード遍歴・2〜

出向の少し前に、出向先のwebニュース配信会社に挨拶に行った。
編集長の女性はお休みで、その部下だという眼の大きな女性が対応してくれた。
こちらも、近くの劇場で落語を観るついでに寄ったもので、早々に退散。特に何の印象も抱かずに、出向当日を迎えた。

出向当日。
前日、深夜までイベントホールの期末決算業務をしていた私は、寝不足のまま、いつものファッションで新しい会社へ向かった。
事務所に、独特の雰囲気の女性がいた。
彼女が、ちらりと私を見て言った。
「カラスみたいな格好は、此処ではやめた方がいいかもね…」
(ホールでは、派手めと言われていたのに…)
これが、編集長=クイーンとの出会い。そして、カラス時代と命名された私のファッション一時代の終焉である。

その後、チームのメンバーに紹介される。
(孔雀だ。孔雀がいる…)
メンバーは皆、それぞれに個性的で、色鮮やかだった。例の眼の大きな女性は、孔雀の羽のような配色の、ネオンサインのような幾何学柄のボリュームスカートをはいていた。
チームに1人だけいた男性の役付者は、その日、鮮やかな紫色の裏地のスーツを着ていた。
彼の離席中に、孔雀の彼女が笑いながら言った。
「ちょっと、今時、スーツの裏地に紫って。
 あり得なくないですかぁ」
(凄い所に来てしまった…)

クイーンのレクチャーで、知ったこと。
当時、その会社は、ファッション系ニュースの配信を強化しようとしていた。
重点的にフィーチャー(という言葉を、この日、初めて知った)しようとしていたのが、ニューヨークやミラノのモード。そして東京をはじめ、台頭する気鋭の前衛アジア系デザイナー。
…因みに。私が最も傾倒したファッションは、学生時代の愛読誌『ヴァンテーヌ』で繰り返し取り上げられていたフレンチ・シックやブリティッシュ・トラッドである。

孔雀を指差して、クイーンが言った。
「彼女、服は地味だけど爪の綺麗な人が来る、て言ってたわ」
私は、自分の爪を見た。大量のPC&電卓作業と舞台の力仕事で爪を割って以来、ジェルネイルを習慣にしていた。
ここにいる限りネイルはやめられないな…、と思った。

朝から取材でカメラを担いで走り回るので、明日は走れる靴で、と言われ。翌朝、履き慣れた靴で出社すると。
私以外の全員が、トリーバーチのフラットシューズを履いていた。
(本当に、凄い所に来てしまった…)
改めて、思った。

連日のクイーン&女子たちのファッション・チェックに慣れるまで、随分とかかった。
たとえモードでなくとも、「ファッションに無頓着ではありません」と、日々表明しなければならない。孔雀は無理でも金魚くらいには擬態せねば仕事にならない。
と、同時に、役付者には恒常的に渉外業務があり、グループ全社の「対外業務のある役付者女性に求める服飾規定」(こんな規定があるあたりが「ぜんざい公社」クオリティ…)をクリアする必要があった。

この頃の定番は、ジャケットにカットソー、タイトめの膝丈スカート。黒の分量が減って、華やかな色やデザインが増えた。まさに金魚の尾ひれのような揺れるモチーフにも手を出した。
ネイルは欠かさず、小ぶりのジュエリーを毎日身に着けた。
靴は7センチヒール。ヒールを低くすると、必ずメンバーからチェックが入るのだ。当時、編集部は半地下にあり、直属の上司は5階にいた。呼ばれる度に、急勾配の階段をヒールで駆け上がった。

日々是鍛錬。非モードなりに、だんだんと金魚に擬態することが苦にならなくなった。
趣味でない雑誌にも目を通し、新しいブランドの服やバッグやジュエリーを手に取ってみることも増えた。ファッションのベースカラーは、黒から紺やグレー、カーキやベージュへと変遷していった。

タンスを見て、
「色あいが、すっかり変わったような…」
そう感じた頃。
またも急な辞令で、本業の営業部門に呼び戻された。
黒の世界に逆戻りである。

続きます。。。

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