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海藻と魚たちが戻る海へ: 鉄鋼スラグの奇跡 (元教授、定年退職192日目)

所ジョージさんは、多くの人々に親しまれているシンガーソングライター兼コメディアンです。私が彼を初めて知ったのは、ラジオ番組の「オールナイトニッポン」でした。当時無名だった彼が、いきなり全国ネットの1部に起用されたのです。私は大学時代、テレビのない下宿で生活していたため、週に1回の彼のラジオ番組を楽しみに(寝ながら)聴いていました。バカバカしい自作の歌も面白かったですが、何よりも彼の誰にも憎まれない明るいキャラクターに惹かれたのを覚えています。


最近の所さんは、8本のレギュラー番組で主に司会者として活躍しています。彼の信条として、「うまいものはうまい」「嫌いなものは嫌いだ」と率直に表現します。この正直さが多くの視聴者の共感を呼んでいるのでしょう。また芸能活動の傍ら、彼は実に多趣味で、自ら「世田谷ベース」と名付けた工房で作業に熱中する理系人間でもあります。そのため、「所さんの目がテン」といった科学番組でも明るく司会をこなしています。理系分野に興味関心を持つ人が少ない中、所さんのように明るく科学の魅力を伝えることのできる存在は貴重です。また機会があれば、彼の他の番組も紹介したいと思います。


さて、今回は、NHK番組「所さん !  事件ですよ」の「過疎の村に外国人移住者が急増!?」という回から、特に印象深かった「海に異変!? 学生たちが奮闘」というトピックスを取り上げます(下写真)。

NHK番組「所さん !  事件ですよ」(注1)


物語の舞台は山口県岩国市で、とある海辺で4人の女子学生が作業するシーンから始まりました。彼女らの説明によると、2004年の大型台風の影響で海の海藻が根こそぎ流されたそうです。12年前の映像では、海底に全く海藻がない状態が映し出され、魚介類もいなくなっていました。かつてはアジやメバルが豊富に獲れたこの海も、漁獲量が1/3まで減り、水産業に大きな打撃を与えたのです。魚が獲れないため、漁業の担い手である若い世代も減少し困っていたところ、宇部工業高等専門学校で環境工学を専門とする杉本教授が学生たちとともに海の再生に取り組みました。 


そこでプロジェクトの鍵を握るのが「鉄鋼スラグ」でした(下写真)。私も聞いたことがない物質でしたが、これは製鉄所で鉄を製造するときに生じる副産物で、鉄分や石灰などを含んでいます。それを海底に沈めるのですが、石より重いため台風でも流されにくく、さらに鉄分が海藻の成長を促進する効果がありました(タイトル写真:注1)。

「鉄鋼スラグ」を海底に沈める(注1)


番組では実際に船に乗り、環境調査に同行します。鉄鋼スラグが沈められた海域に水中ドローンを下ろしてみると、失われていた海藻が多く生え揃っていました(下写真)。さらに、メバルやマダコなどの魚も大型海藻とともに見られ、鉄鋼スラグの効果が明らかになりました。その結果、朝市には地元の漁師が獲った様々な魚が並ぶようになり、水揚げ量もかつての規模に戻りつつあります。この取り組みは、山口だけでなく、北海道や千葉でも行われています。

失われていた海藻が多く生え揃っていた(注1)
鉄鋼スラグの効果で海藻や魚が戻る(注1)


また、このプロジェクトは、環境問題の解決にも大きく貢献しています。これらの海藻は海洋生態系に炭素(二酸化炭素)を取り込むため(ブルーカーボンと呼ばれる)、近年二酸化炭素削減を求められている企業との排出権取引としても有効に利用されています。企業側はクレジットいう形で購入することによって、二酸化炭素を削減したと認められるのです(下写真)。

二酸化炭素削減を求められている企業との排出権取引も(注1)


私自身、「鉄鋼スラグ」という物質を初めて知り、このような効果があることに驚くとともに、長期にわたる基礎的な調査の重要性を再認識しました。


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注1:NHK番組「所さん! 事件ですよ:過疎の村に外国人移住者が急増!?」より


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