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「俺も浪人しておけば良かったな~」とゆうとん少年は述べており、到底許される言動ではない。 #何を言うとんの #日々短文雑記

「俺も浪人しておけば良かったな~」

と言ったら当時浪人していた友達に注意された。
『浪人生の前でそれは言っちゃダメだ。』と。

「ごめん。」、と一応謝った。
特に反論もしなかったけど、言われたことに納得もしていなかった。正直、今でも納得していない。


たらればで何かを語るのは負け犬の得意技だ。
もちろん例に漏れず僕もそう。

それでも自分が「浪人しておけば良かった」と思ったことは本音で、今も時々そう思う。
浪人していてたら、もっと素敵な大学生活を送っていたに違いないと。ここで言う大学生活は、授業やサークル・部活などの”大学内での生活”で、"大学生生活"ではなくて。
浪人しなかった大学4年間の大学生生活は、楽しいこともたくさんあったし、ラジオやアイドル等今も好きなものにも出会えた。もし、浪人していたらそれらと出会えてなかったかもしれないことを考えると、どっちが幸せなのかは分からない。

ただ、充実した大学生活を送りたかったとは心から思っている。
「そんなの自分の心と行動次第だろ」と色んな方向から言われそうだけど、僕のこの大学生活への足りなさ、不満感、取り組む姿勢と意識の無さは、「あまり納得せずに大学に進学してしまったこと」と「明らかな自己肯定感低さ」にあると思う。今もため息が出る程に。


まぁそれは置いといて話を戻すと、
その注意されたときに「浪人生活は凄く辛いし苦しい。次やったって上手くいくとか高得点が取れる保証がないまま、やっていくのが怖い。今、大学生は楽だろうけど、そんな簡単に浪人しておけばとか言ったら他の人も怒ると思うよ。」とも言われた。

僕が納得いってないのは、最初から「上手くいかないかも...」という気持ちで浪人しないだろってことだ。親に国立に行けとか〇〇以上のとこに行けとか、半強制的に浪人を選ばなくてはいけなかったのなら、浪人は苦痛かもしれない。生きていく為には親の言うこと逆らわない方がいい。

だけども僕は、浪人は現役のときには手の届かなかったレベルの大学に挑戦できるかもしれないという希望と夢に溢れたものだと思っていて、やり切って行きたい大学に入れば、その先も自信を持って楽しく大学生活を送れるだろうし、レベルの高い大学では集まる人や出来る事が全然違って自分の人生にとっても大きな影響を与えてくれるものだと、基本的には前向きな選択だと思っていたところでの、友達の言葉だったから心に引っかかって残っているんだと思う。

ただ、想像力が足りなかったのは事実。
もう少し相手を気遣う言葉の選び方もあった。
ごめんなさい。


どんなことだって先行きは不透明だし、自分の未来のことなんて全然分からないんだから、辛くても苦しくても、その先にあるはずの希望と夢を信じて今を頑張っていくしかないだろって、その時も今も思う。

では。




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やりたいことが見つかっていないと、やはり学歴っていうフィルターを介した選択になってしまうことが多いな。でも、高いレベルのところは出来ることの選択肢も多岐で豊富になることは確かで、位置エネルギーが高いもんな…。

温かいサポートと心の繋がりで、私ゆうとんは今日も支えられています。ありがとうございます。