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【体験談】終電の車内で隣の席の女の人が泣き始めた話

これは僕が大学二年の時の話だ。

僕はその日、部活の飲み会があり、終電間際の電車に乗った。

先輩のお酌ばかりで酒をあんまり飲んでいないため、シラフな状態だった。

また、車内は人だらけという程ではなく、席が満席になっている程度だった。
僕は電車に座りながらスマホをいじった。

しばらくして、ある駅についた途端、乗ってた人がゾロゾロと降りて行った。
車内の人は一気にいなくなった。

「ドアが閉まります」
毎度恒例のアナウンスが流れ、ドアが閉まる。

「プシュー」とドアが閉まる独特の音が聞こえてきたと同時に、「ガタガタ!」と音がした。

ドアをこじ開けて一人の女の人が飛び込み乗車して来たのだった。

その女は見るからに酔っていた。
足はフラフラで、髪はボサボサだった。

ちなみに服装はキャバ嬢を彷彿とさせるような感じで、ギラギラに光るバッグを腕で持っていた。

その人はよろよろとあたりを見回し、僕の隣の席に「どすん!」と腰を下ろした。いや、腰を下ろしたというよりは、席に身を投げた感じだ。
明らかに変な人で、向かいの人たちの視線もその人に集まっていた。

「へんな人が隣に来ちゃったなぁ」
僕は気にしないようにスマホをいじった。

しばらくするとその女の人から「ズズッ」と鼻を啜る音が聞こえてきた。
どうやら泣いてるらしい。

「えぇ、なんで泣いてんの」
と心の中で思うのだが、
「あの、なんで泣いてるか教えてもらえますか」と聞くほど僕は愚かではない。

真横の席で女の人が泣いている。という謎の空間を僕は静かに放置した。

一方、女の人は時間が経つにつれ、泣き方が激しくなっていった。「うっうっ」と声が漏れてしまう始末だ。

僕は非常に気まずくなった。

困って前の人を見ると、男のおっさんと目が合った。じっと目を見られた。

「どうにかしろよ」という謎の圧力を感じた。

ハンカチを渡して「可愛い顔が台無しだよ?」とでも言えと言うのか。僕はあと300歳くらい歳をとらないとそんなことはできないとおっさんにテレパシーで言い返した。

そんなことを考えているうちに隣の女の人は予想外の行動をし始めた。

なにかを破り始めたのである。

僕の目は横についていないため、なにを破いているのかは判別できなかったが、予想としてはプリクラだと思う。

破り切れなくて、ぐしゃぐしゃに握り潰していたため、多分彼氏か何かと撮ったプリクラを破いているのだろうと推察する。

よって、「この人はなぜ泣いているのか」という問題について、僕の中で至った推理は以下である。

本日、女性は彼氏に振られた。

やけ酒

終電で泣く(Now)

こう考えると辻褄があう。

僕は納得した。

しかし、僕が納得したところで、その女の人の手が止まることはなかった。

ビリビリに破いた何かをそっと地面に置いて、ヒールで踏みつけ始めたのである。

これには僕もびっくりした。
酔うって怖っ。と思った。

流石に真横でそんなことをされるものだから、気分を晴らしたくなり、Bluetoothのイヤホンを耳に付けて、音楽を聴くことにした。

ランダム再生ボタンを押す。

すると大事故が起きた。

「♫好きだよと伝えればいいのに〜願う先怖くて言えず〜♫」
スマホから大音量の爆音な曲が流れ始めたのである。曲名はAAAの「恋音と雨空」だった。

全身から汗がブワァと噴き出た。

僕は目覚ましをかける時、スマホのアラームを使っているため、スマホの音量がMAXであり、なによりもこの時、Bluetoothがオンになっていなかったのだった。

僕はスマホから爆音が流れた瞬間、びくっっ!となったが、すかさず、親指の全筋肉を使ってスマホの音量ボタンの下を押した。

曲は、ボタンを押して2秒もせずに音がゼロになったが、下がる速度が異常に遅く感じた。

車内はガタンゴトンという音以外聞こえない白紙の空間に変わった。

僕は目の置き場に困った。
自分の膝しか見れない。

曲が鳴った瞬間から、隣の女の人のすすり泣きが止まったのだけは認知できた。

前の人たちは「お前なにしてんねん!」と絶対自分のこと見てるだろうなと視線を感じた。

僕は膝を見ながら、自分のしてしまったことを客観的に振り返り始めた。

すると僕は、笑いのツボにハマってしまった。
謎である。

「こんなことある?」という偶然に偶然が重なったこの状況が何故か僕のツボにハマってしまったのだ。

しかも、三百曲も保存されているプレイリストから、「恋音と雨空」がランダム再生でヒットされたことが偶然すぎて「どんな確率だよ」と感じて、笑いに変わってしまったのだった。

「好きだよと伝えればいいのに」と言う冒頭の歌詞って今一番言っちゃだめでしょ。と言うことも無性にツボだった。

トドメとなったのは、絶対に笑ってはいけないという車内の空気感だった。僕は笑ってはいけない場所の方がツボにハマることが多かった。

結果、僕は堪えられずに「ブフッ」と笑ってしまった。最悪である。
すかさずゴホゴホと咳をして隠したが、、

僕がブフッと笑ってしまった5秒後くらい、
ヌルッとその女の人が僕の顔を見てきた。

めっちゃ怖かった。

蛇に睨まれたカエルとはこうゆうことを言うのだな、と思った。

その後、その女の人はずっと顔をこっちに向けたままだった。
時間で1分くらいだろうか。
僕にとっては1時間くらいに感じた。

一分間隣の人に顔を覗かれるのを想像して欲しい。非常に怖いのである。
自業自得なのだが。

なにをしてくるか分からない妙な不気味さを僕は感じていた。本当にあった怖い話のワンシーンのような怖さだ。

しかし、別れは突然訪れた。

その女の人は僕が音楽を鳴らしてしまった時に向かっていた一つ目の駅で下車していった。

しっかり足で踏みつけた何かも拾って、持って行っていた。最後に僕の方を見ながら下車したのも視界に入れたが、僕は車内の床にしか視線を動かさなかった。

僕はまだ座席に座ったまま。

向かいのおっさんも座ったまま。

僕はそのおっさんの顔を二度と見ることはなく、最寄りの駅に着いた瞬間、そそくさと電車を後にした。

あれから、スマホの目覚ましを使うことはなくなった。

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