ミスターX~終焉~
「もしもし」
落ち着いた紳士の声である。さすがは時計職人、繊細さの極みがその声に凝縮されている。よかった。焦らさず出て、よかった。危うく可憐な心臓をいたずらに刺激し、時計職人の寿命を縮めるところであった。
「もしもし?」
こちらも最新の注意を払って応答する。一体、何用なのじゃ。責任取られへんほどの何かを仕出かしたのかい?
「メーカーに無かったバンドの件ですが…」
そう、わたくしあまりに長らく大切に腕時計を愛用してしまった結果。MARGARET HOWWELLに部品が揃わず、バンドが他社メーカー、しかも、汎用に特化したバンドということで名無しの権平の顔なしバンドが装着される予定だったのだ。
え? だって。由々しき事態じゃない?
腕時計の文字盤とバンドの面積の占有率を考えたらバンドの方が圧倒的やん(そういう問題か)。しかも私、腕時計の文字盤を内側に着けるタイプなんで、振り返ったら違う人でしたみたいな詐欺が毎秒繰り返される気がして落ち着かない。
時計職人によると、その汎用バンドはお客さまのMARGARET HOWWELLにデザインが近いので、全体のイメージを損なわないとでしょうと説明があり、しばし悩むもその条件を呑んだ。バンドがなかったら巻かれへんからな。
とは言うものの、バンドが汎用ベルトなんやったら修理に出す意味、無くない? それやったら潔くアンティーク殿堂入りを諦め、いま出てる最新モデルのMARGARET HOWWELLを新たに買うほうが意に則す。
と、思ったけれど(またか)悩む気持ちを察してくれた時計職人によよと靡いてウンと言ってしもうたのだ。で? 無かったバンドがもしかして…一点だけありましたとかいう奇跡的な展開が待っているのか…?
わたくし:メーカーにあったんですか…!
時計職人:いえ、ありません
なんやねーん! ほな何用なのじゃ!!
時計職人曰く、汎用ベルトをお薦め致しましたが、損傷が殆どありませんでしたので、やや不安は残りますが、お修理でそのままお使いになれるかと思います。いかがでしょうかという提案だった。
バックルの噛み合わせが甘くなっていたのを力技で何とかしますとのこと。
あら、そなの?
ほな、それで♪
そして翌日、Nを入れたらCHANNELみたいにならずに無事返ってきた腕時計。
長かったよね。
一回目からの着信後、空白の四日間は余計やったけどな。
完