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短編小説:貝殻ネイルとチャイナ・ブルー

「生ハムのサラダ、チーズ盛り合わせ、あと、海老と舞茸のアヒージョ。ドリンクはチャイナ・ブルーと、」
「あ、俺はレモンサワー」
「レモンサワー、お願いします」
 かしこまりました、少々お待ちください、と店員さんは一礼して去っていく。
 メニューを閉じ、お冷やを飲んでいると、迫田さんが奇妙なものを見るような目で私をみていることに気付いた。
「なんですか?」
「いや、なんかさ…」
 迫田さんは頭をかきながら、苦笑いしている。
「フライドポテト、たこわさ、軟骨の唐揚げ、じゃないんかなと思って」
 ああ、なるほど。
 フライドポテト、たこわさ、軟骨の唐揚げは、大学生の頃、私と迫田さんが飲むときに必ず頼んでいたメニューだ。
「あと、なんだよ、チャイナ・ブルーって。いつからそんなにお洒落になったん?レモンサワーばっかり飲んでたくせに」
 なんかキャラ変わっちゃってるじゃーん、と迫田さんは笑った。
「まあ、私も25になりますしね」
 あの頃よりは大人になってますよ。
「でも迫田さん、良いんですか?ふたりっきりで飲んじゃって。彼女さん怒らないんですか?」
 こんなこと言って、我ながら嫌な女だなぁと思う。でも、私は今朝迫田さんに「飲みましょー!」と連絡しただけだし、断らずにほいほい乗ってきた迫田さんが全面的に悪い。と、いうことにする。
「んー、まあ、大丈夫っしょ!ばれなきゃ」
「え、言ってないんですか?」
「いやいや、言うわけないじゃん」
「なんでですか、別にやましいこととかないのに。ただの後輩じゃないですかー」
「そりゃそうだけど、さすがにそれはさぁ」
 迫田さんはもごもごと言い訳している。
「サイテー」
 そう言うと、迫田さんは仕方ないじゃん、と悪びれもせずに言った。やっぱり迫田さんはサイテーだ。
「いやー、にしても、お前がこんな洒落た店知ってるとか意外だわ。大衆居酒屋とか好きだと思ってた」
 話をそらすように迫田さんは言う。迫田さんは、私のことを「お前」としか呼んでくれない。
「意外ってひどいですよ。でも、良いでしょ、ここ」
「マイカが好きそうな感じ」
「…彼女さんのこと、マイカって呼んでるんですか?」
「ん、まあね」
 迫田さんはヘラヘラ笑っている。ふうん、私のことはずっと「お前」なのにね。
「あ、そうだ、迫田さん、見て見てー」
 ふと思い付いて、私は迫田さんに爪を見せた。昨日したばかりのネイル。夏っぽく、水色を基本としており、金色で貝殻の絵が描いてある。
「うわ、ネイルとかもするようになったん?」
 やるなー、と迫田さんは言う。私の貝殻ネイルを、かわいい、とは言ってくれない。期待もしてないけど。
「マイカさんはネイルしないんですか?」
「してるよ。この前は赤だったかな。かわいいのしてた。一昨日新しくしたみたいで、今度見せてくれるんだって」
 それは楽しみですね、と返しておく。
「お待たせいたしました」
 店員さんの声に、手を引っ込める。料理が運ばれてきた。私は迫田さんに食べるのを待ってもらい、丁寧に写真を撮る。
「なになに、何かに載っけるの?」
「もちろん」
「マイカもいっつも写真撮るんだよな、映え、とか言って」
「迫田さんはSNSやらないんですか?」
「やらない。興味ない。なあ、もう食べて良い?」
 どうぞ、と言うと、迫田さんはすぐに食べ始めた。まだ乾杯もしてないのにな、と思いながら、私は好きでもないチャイナ・ブルーを飲む。

「今日はありがとうございました!」
「いやいや、こちらこそ。楽しかったわ」
 大学生の頃は、これから二次会のカラオケだったけど、さすがにマイカに悪いから解散、と言われた。だったら最初から会わなきゃ良いのに。
「マイカさんとは、次はいつ会うんですか?」
「明日。なんか、友だちと入った店が美味しかったから俺にも紹介してくれるらしい」
迫田さんは笑っている。幸せそうだ。
「でも、お前ほんとに変わったなー。何かあったの?」
「何もないですよ」
 私は微笑んで、迫田さんに手を振った。

「何もないですよ」
 もう一度、つぶやく。
 そう。本当に、何もない。何も変わってない。
 私は迫田さんの「ただの大学の後輩」から何も変われなかった。
 歩きながら、ネイルを眺める。
 普段、ネイルなんてしない。そもそも水色は似合わないし、そんなに好きじゃない。こんな貝殻ネイル、全然気に入ってない。
 アヒージョもチャイナ・ブルーもたいして好きじゃない。
 私が好きなのは、大衆居酒屋のフライドポテトと、たこわさと、軟骨の唐揚げと、レモンサワーだ。
 帰り道、公園を見つけたのでベンチに座り、スマホを取り出す。SNSを開いて検索履歴を見ると、もう何度も調べているアカウント「maika」がいちばん上に出てくる。私は迷いなくタップする。
「maika」の一週間前の投稿。
 さっき訪れた店が載っている。
『いつメンと飲んだ!写真は生ハムのサラダ、チーズ盛り合わせ、海老と舞茸のアヒージョ。ここのチャイナ・ブルー飲みやすい!とっても美味しかった♡ 今度は彼氏と一緒に♪ アヒージョ食べさせてあげたい♡』
 一昨日の投稿。
『ネイル新しくしたよー!貝殻かわいい♡』
 ベースは水色で、金色の貝殻を描いたネイル。私とおそろいの貝殻ネイル。
「ばかみたい」
 つぶやいた。
 ばかみたい。
 はしゃいだ投稿してるマイカも、マイカに夢中になってる迫田さんも。
 そして、私も。

 私がお洒落な店を知ってるわけがない。
 こんなかわいいネイルを注文できるわけがない。
 全部、マイカのSNSから得た情報だ。
 今どき、本名で、アイコンも自撮りでSNSをやっていると、すぐに見つけられる。便利な時代だ。

 明日、迫田さんはマイカとあの店に行くのだろうか。同じメニューを頼むのだろうか。同じネイルを見せてもらうのだろうか。
 私と同じネイルをして、私と同じものを注文するマイカを見て、迫田さんは何を考えるのだろうか。

 素敵なデートをすれば良い。
 同じ店で、同じものを食べながら、マイカと楽しんでくれば良い。

 ついでに、私のことも思い出しながら。






※フィクションです。



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