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ショートショート:愛にカニばさみ

記念日なので、奮発して蟹を買った。
私も恋人も蟹が大好きなのだ。

おいしい蟹がどっさり入った鍋。
多数派の人は、蟹を食べるとき静かになる。私たちも例外でなく、蟹を剥く音だけがワンルームのアパートに響いていた。

「ああっ」
そんななか、恋人の情けない声。
恋人は蟹が好きだが、殻を剥くのが下手である。また失敗したらしい。

「下手くそ」
「うるさい」
むっとした顔をする恋人。

「ね、ハサミ買おうよ。ちゃんとしたやつ」
「蟹専用の?」
「そう」
「嫌だよ、蟹なんてしょっちゅう食べるわけでもないのに」
「でも、来年の記念日も食べるでしょ?」
「ほう」

私は思わず、目を細めて恋人を見た。
「来年も?絶対?」
「うん、絶対」
「軽々しく言うのね」
「だって愛してるもの」

恥ずかしげもなく言う恋人に、私はひとり顔を紅くした。

「言い慣れてるね」
「ひねくれてるなぁ」

彼は微笑んでいる。
来年も、か。
殻が切れるように、買っても良いかも。

でも。


どうか、この愛は切れませんように。





(410字)





※フィクションです。
田原にか(たらはかに)様の企画『毎週ショートショートnote』に参加いたしました。
二周年、おめでとうございます!!





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