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SFショート

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黄瀬が書いた、空想科学のショートストーリー
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#短編小説

鑑賞者

「ごらんください。あちらがブラックホールに飲み込まれる恒星です」  クラーク15号の展望デッキにひとびとが集まってくる。  みな豪壮ないでたちをし、肩をそびやかしている。  船体から飛び出た、試験管のような細いデッキは、  またたく間に群衆にひしめいた。  わずか数光時かなたに、  今まさに、吸収が始まった恒星が見える。  青白い光が、細く引き延ばされ、  漆黒の球の中へと引きずり込まれている。 「ほう、なかなかの奇勝であるな」 「悠遠をめざす旅で、久方ぶ

電脳哲学

 忘れるな、帰る場所があることを。  深追いするな、  ホシも、思考も。  皆がこの言葉を励行し続けられるのならば、  警察学校の至る所に張り出されないし、  教官も口を酸っぱくしない。 *  ノイズの多いネオン街を抜けて、  ギークの村に這入り込んだ。  ある場所に、ぽっかりとノイズがなくなり、  データ密度が急激に増加するポイントがある。  わたし達はデータ密度を計測できるソフトを使い、  その場所を目指した。 「こっちに配属されて何日だっけ?」

サイダー

 眠り続けて18年。起き抜けはサイダーと決めていた。  小さいころは、舌が痺れて味がよくわからなかったサイダー。  後味だけが甘くて、余計に喉が渇いて、それでまたちびちび飲んだ。  あの刺激が大人っぽくて、格好つけられるとなんとなく思っていた。  そして、いつか、これの本当のうまさがわかるようになると思ってコツコツ飲んでいた。  大人がうまそうにぐいっと飲み干すビールを見て、わたしもあんな風にサイダーを飲みたいと憧れた。  強烈な炭酸刺激のせいで、少しずつしか口に

ピタゴラ

 白紙のノート。  しばらく叩いていないキーボード。  買ったまま放ったらかした万年筆を転がす。  固まったインクが憎くて、ノートを破ってしまった。  勢いよく飛び出た右手がコップに当たる。  倒れたコップから水が躍り出る。  水は机を濡らしていく……。  天板の角で美しく反射する、表面張力が弾けた。  糸のように真っ直ぐに落下して、寝ていた犬にかかる。  寝耳に水で飛び起きた犬が花瓶を倒す。  土が派手にこぼれて、木が床に叩きつけられる。  木の枝は、

かるふわ

たくさん。 降ってくるのは、いんせき。 これが明晰夢なのは理解。 隕石夢。 落ちる。 わたしの目の前に、ひとつ、ふたつ。 みっつめ。 足許は塩湖、のような鏡面。 ぼちゃ。 と隕石衝突。 同時、 重なった塩の層、もりあがる。 こじんまりクレーター。 イマジン。 奏でられるコード。 イマジネーション。 メモリー。 細かな隕石を想う。 雨のように隕石。 わたしの髪が、 憧れだったふわふわヘアにはやがわり。 髪に絡む、隕石。 髪、石、髪、

リアル

 新しくヘッドフォンを買った。  64,800円した。  世界初の機能が搭載されているから、高い。  売り文句は、  ありとあらゆるものにリアリティを!  初めは音楽を聴いた。  耳が飛んでいきそうなくらいの、  大音量で聴いた。  目をつむればそこは、  レコーディングスタジオだった。  ライブハウスにいるような臨場感を味わえると思っていたから、  拍子抜けだった。しかし。  推しのドラムがミスをした時の、  十代の少年にぴったりの可愛い笑い顔!

星番

 2000年目にもなると、もう何もすることがなくなってしまう。  人の一生の20倍だ。  わたしは、100年毎に、  性格や趣向を、アトランダムにシャッフルできる機械に入る。  前のループまでは、なんとかそれでやり過ごせたが、  もうそろそろ限界を感じた。  初めは――  すなわち、わたしが、母の体から産み落とされた時、  仮に、オリジナル、と云おう。  その100年間は、社交的な性格だった。  趣味は、何かを鑑賞することだった。  観たもの聴いたもの感

石柱

 何かの拍子に、手から石柱がでた。  恐ろしいことに、まだで続けている。  発生からはや一時間だが、そろそろ東京タワーを越えそうだ。  周囲は封鎖され、自衛隊がわたしに静止を呼びかけている。  無駄だ。わたしだって止め方なんて知らない。  ただ、伸びていくんだからしょうがない。  発生から二十四時間。  もはや立っていることも辛くなってきた。  眠気と空腹で、体は限界である。  高度は415,000メートルを越えている。指先に宇宙を感じるような気がする。

風乗り

 ずらりと立ち並ぶ風車が壮観だ。  小高い、人工的に造成された丘の上に、  直線、8kmに渡って、風車が設けられている。  もちろん、それは風力発電用の、風車だ。  この辺りの地下には、長大な空間が設置してあって、  その中に、地底人が住んでいるらしい。  という噂は、儀仗兵のように立派に、彼方まで並んでいる、風車によって、生み出された。  やたらと長い距離、やたらとたくさん並んだ風車は、  その地下帝国の、電力供給の全てを、地熱発電とタッグでまかなっているら

待ち合せ

 自販機から、3メートル50センチ離れた、  カーブミラーの真下が、  わたしたちの、いつもの座標点だ。  わたしは、君に「会おう」と云われれば、  12秒以内に、そのポイントに到達できる。  だけれども、君もおんなじくらいの速度なので、  いつも、毎度、重なってしまう。  そして、視界が真っ暗になる。  人の中身って、案外黒っぽくて、静かだ。  その、居心地の良さに、いつも酔ってしまう。  正真正銘、どこからどうみても、  完全に、君と一つになれる瞬間

くる日も

 世界が滅んでしまってから、ずいぶん経つが、  わたしはまだ、この自転車に乗っている。  その辺に、放ったらかしなっている、バイクや車を拝借すればいいのに、  わたしはまだ、この自転車に乗って、漕いでいる。  それには、ちょっとした理由もあって、  自転車は、燃料を必要としないので、便利だ。  というのと、  狭路もあぜ道も、大体どんな道でも走れるから。だ。  今日は、夕暮れの潮風が心地よい。  くる日もくる日も、ずうっと、自転車を漕いでいると、  毎日、

月面

 夜空、莫大な月を見上げる。  月の都市の夜の明かりが、はっきりと線状に刻まれているのが、よく見える。  人間が月に築いた都市の質量が、あまりにも大きかったために、  こうやって、どんどん、地球に近づいてきてしまっている、  と、まことしやかに、街談巷説が繰り広げられている。  夕闇の向こう岸に見える、人々の営み。  たぶん、向こう側からも、おんなじように見えているんだろう。  わたしが生きているうちに、衝突するだろうか。  わたしが生きているうちに、脱出する

書きたくない

まれに、書きたくない、と思える日が来る。 そんな日は、わたしは、いろいろから解放されて自由になれる。 書きたくない時は、書かなくていい。 そう、文学の神様がささやく気がする。 書きたいときに、書きたいものだけを書けばいい、って。 そういうわけで、今日は書かないことに決めたのだが、 結局、書かないことに決めた、という文章を書いてしまった。 どうしたものだろうか……。 本末転倒なのではなかろうか。 結局、文学の神様は、わたしをこき使って、 文字を、この世界に、

 ブランコとは幼年期のわたしにとってどんな存在だったろう。  公園の中に、当たり前のように、そびえ立っている時もあれば、  そもそも、それがない公園もあったはずだ。  だけれども、  わたしたちは、人生で一度はあの遊具に乗り、  一般的な座り漕ぎ、はたまた、ちょっとアグレッシブな立ち漕ぎを嗜んだものである。  さて、わたしは今、あまりメジャーではない、  いわゆる『寝漕ぎ』をやっているわけだが。  云わない?いわゆらない?  そんな意見もあるかもしれないが、