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ピタゴラ

 白紙のノート。

 しばらく叩いていないキーボード。

 買ったまま放ったらかした万年筆を転がす。

 固まったインクが憎くて、ノートを破ってしまった。

 勢いよく飛び出た右手がコップに当たる。

 倒れたコップから水が躍り出る。

 水は机を濡らしていく……。

 天板の角で美しく反射する、表面張力が弾けた。

 糸のように真っ直ぐに落下して、寝ていた犬にかかる。

 寝耳に水で飛び起きた犬が花瓶を倒す。

 土が派手にこぼれて、木が床に叩きつけられる。

 木の枝は、ローテーブルからはみ出したトレーを勢いよく巻き込む。

 トレーの端に引っかかっていたTVのリモコンが宙を舞う。

 壁にワンバウンドして、アコースティックギターに激突する。

 アコギが大音声を立てながら倒れ込むと同時に、テレビがつく。

 NHKのチャンネルで、ヨーロッパかどこかの風景がパノラマで映る。

 アコギの余韻の中、番組では雄大に流れ落ちる滝の音がフィーチャーされる。

 インスピレーションの高鳴りを感じた。

 とりあえず確かめに出かけよう。

 裏の山には巨大な滝があるはずだ。

 子どもの頃、その裏になにかがある予感がしていたの思い出した。

 苦しんだ跡は部屋に置いたままにして、まずは身支度をしよう。

 確かめに行こう。ペンを置いて。

 最後のノートも、最後のインクも。

 もう動かないキーボードも、全部置いていこう。

 もう心残りは増やさないために、確かめに行こう。

 数年ぶりの音沙汰は、もう消えて無くなっていて、

 窓の外の世界のように、エネルギーを失ったようにうんともすんとも言わなくなっていた。

Kise Iruka text 110;
Rube Goldberg sentence.

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