見出し画像

鑑賞者

「ごらんください。あちらがブラックホールに飲み込まれる恒星です」

 クラーク15号の展望デッキにひとびとが集まってくる。

 みな豪壮ないでたちをし、肩をそびやかしている。

 船体から飛び出た、試験管のような細いデッキは、

 またたく間に群衆にひしめいた。

 わずか数光時かなたに、

 今まさに、吸収が始まった恒星が見える。

 青白い光が、細く引き延ばされ、

 漆黒の球の中へと引きずり込まれている。

「ほう、なかなかの奇勝であるな」

「悠遠をめざす旅で、久方ぶりに心すく光景を見た」

 みな、鑑賞しながら思い思いに口にする。

 そんな中で、宇宙学者の紳士だけは浮かない顔をしていた。

 彼は高名な人物で、宙域を知り尽くしていた。

「あの系にも営みがあったのだ。彼らとの交信はもう何年も前だが、人のいい者たちだった」

 そのつぶやきは心の中だけでこだました。

 だれかが宇宙学者に、

「この美しい現象の原理を教えてくれないか」

 と頼むと、みな彼の存在に気がつき、高説を賜ろうとぞろぞろ席に座を占めた。

 善良なる好奇の対の目をさしむける者たちを一望した彼は、

 やりきれない思いを噛み殺し、教鞭を取った。

KISE Iruka text 130;
Tourist.

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?