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転生vol.7

「生まれ変わりって信じる?」

祈子さんはいつも唐突だ。

「積極的に信じているわけではないですけど…否定する理由は特にないですね」
「そうね。私もそんな感じだったかな。」
「ということは、最近になって信じるようになったんですか?」
「生まれ変わりとは、また違うのかな…。ま、いいわ」

広げようと思った会話を閉じられてしまった。

生まれ変わるという意味を死んだ人間が別の何かになる、と捉えるならば、正直なところ僕はあまり信じていない。死後の世界は誰にも分からない。
生まれ変わった後に前世の記憶を持っている人に出会ったことはなかったし、あなたは死んだら次はハリネズミです。とか言われてもしっくりこない。
ただ、1度しかない人生をやり直すという意味の生まれ変わりに関しては、僕は身をもって体験している。
呼ばれる名前が代わり、仕事が代わり、見た目も様変わりした。すべて、祈子さんの仕立てによるものだけど、以前の僕を知る人は、今は周りに誰もいない。
マスターは、僕を雇う時、履歴書を必要としなかったし、顔馴染みになった常連客達は、みな、僕を新しい名前で呼ぶ。
いつの間にか日常になった今ある生活は、前の生活とは似ても似つかない。僕は生まれ変わりました!と誰かに大声で叫びたくなる衝動がたまにやってくるくらいだ──もちろん、そんなことはしないけど。

街に飾られてる化粧品のポスターに「さぁ、新しい自分へ」と書かれていたり、書店に並ぶ本の帯に「人生観が変わる!」と煽られていたりすると、そんなことがあるはずないじゃないか…と斜めに見ていたはずなのに、いざ、自分の目の前の景色が一転してみると、僕の思考はどんどん前を向くようになった。
悩み多き現代社会に疲れてやってくる客に、無意識にキザなセリフが口から出るようにさえ、なっていた。

「私、そんなに魅力ないですか?」
今にも泣きそうな女性客が僕に縋るような目で問いかけてきた。僕は即答せずにもう少し話を聞くことにした。
「何かあったんですか?」
「彼の考えてることが分からないんです」
「恋人?」
「の、ようなものですね。まだ恋人ではないです…」
「じゃあこれから、恋人になるんですね」
「そうなると思ってたんですけどね、ダメみたいで。彼も私のこと、好きでいてくれてたはずなのにな。どこで間違っちゃったんだろう?」
「ハッキリダメだと言われてしまったんですか?」
「いえ、そんなこともないんですけど。
この間、彼のこと駅で見かけたんですよ。驚かそうと思って後ろに回り込んだら、彼、誰かと電話してて。
つい、隠れて聞いちゃった。いい子なんだけど、決め手にかけるって…。この先はないかもなぁって…。そう言ってるのを聞いてしまって。」
「なるほど。あなたのことをそう仰っていたんですね」
「結局、悲しくなっちゃって声掛けそびれちゃったんですけど、帰ったら彼からLINE来てて。それがいつもと全く変わらない、優しい言葉なんですよ。どういうつもりだか、さっぱり分からないんです。」

全てのいきさつを説明してくれた彼女は、ついに泣き出してしまった。ダメならハッキリ言って欲しいのに、優しくされるとずるずると好きでいてしまうから辛いのだと、ポロポロ涙をこぼした。
僕は、彼女の最初の質問に答えることにした。

「あたは、とっても魅力的ですよ」

俯いていた顔を上げ、僕と目が合うと彼女は少し首を傾けた。

「大丈夫。あなたは、本当に、魅力的ですから、どんなに傷ついても生まれ変われますよ」




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