「伝えたい暴走」してない? 熱量と文字数の引き算を始めよう。
伝えたいことがたくさんあるって、幸せですよね。
日々あちこちで「作文の教室」を開催していますが、そのクラスに集まるのは、みんな「こんな面白い人がいるんだ!」「こんな面白い作品があるんだ!」「この地域が大好きなんだ!」と伝えたいことをいっぱい持っている人びとばかりです。
でも、中には「伝えたいことが浮かばないんだよね・・・」という方もいますね。そんな方には、日々の暮らしを「新しい目」で観察してみることから始めよう、とアドバイスをしています。(そういう人もぜひ学びに来てくださいね。)
伝えたいことが次々と浮かぶなら、書き手として、第一関門突破です。ただ、「伝えたい」だけでは足りません。それが今日の本題です。
「伝えたい」だけでは足りない。
文章を書き、発信し、読んでもらう。そこには「伝えたい(書き手)」と「知りたい(読み手)」というふたつのニーズがあります。
どちらが大事かというと、どちらもです。つまり「伝えたい」と「知りたい」をどう重ね合わせるかが大事だと思います。
しかしプロのライターでも起こしてしまいがちなのが、「伝えたいことを書ききった」達成感で完結してしまうこと。「何がどう伝わるか」「どう受け取られたか」が背景に追いやられると、なかなか読者の知りたいと重ならず、結果「何か伝わらなかったな」と書き手は反省するに至ります。
「伝えたい」を重ねていく。その結果、たとえば5000字の原稿になる。その作文ができるようになるだけでも素晴らしいのですが、あまりにも要素を重ねすぎて、書きすぎてしまって「伝えたい暴走」に陥ってしまうことがあるのです。
すごい熱量。
すごい情報量。
すごい文字数。
「すごい」も3つ並ぶと、傑作が生まれる予感がしますが、逆に圧を感じてしまう結果になってしまいがちです。
せっかく書くなら、とサービス精神や責任感で、ついつい文字数・熱量が増えてしまう方はいるのではないでしょうか。
でも、その熱に読み手が引いてしまう状況。それを僕はここ数年「伝えたい暴走」と名付けて、あらゆる場で指摘しています。
「伝えたい暴走」とは、どんな状況か?
伝えたいことを含ませすぎると、よく陥るのは、「結局この人は何を言いたいの?」と読者が戸惑ってしまう事態です。
まんべんなく、いっぱいの情報が詰まっていると、「特に何が伝えたいことなの?」「どう人の心を動かしたいの?」ということが見えにくくなります。情報の取捨選択・整理・並べ方は、平等さよりも、あなたの主観が前に出たほうが面白いことがあるんです。その主観が独自性を生みますから。
情報がもりだくさんの長い記事も、たしかに情報提供には有効かもしれませんが、読み物というよりもデータとしての価値が増していきがちです。文字数と情報量は、ひとつの読み物としての完成度・満足度と比例しないこともいっぱいあります。
そして、もうひとつの暴走。それは、扱うトピックに対する愛がほとばしって、読者の心情変化が想定できなくなっている状況です。
もちろん、「僕はとにかくブライアン・ウィルソンが好きなんだ!」と熱烈な愛でアンフェアな評論を書く萩原健太さんみたいな方もいます。でも、それが成立するのは、読者が萩原さんのことも、ブライアン・ウィルソンのことも好きであるという、価値観の深い共有がされているときだけなのではないでしょうか。
足し算じゃなく引き算の創作思考もある。
「伝えたい暴走」がなぜ起きるかというと、僕らは足し算思考でものづくりをしてきた、そう教わってきたということでしょうか。
家庭科の授業で、塩をかければ味がつくと学ぶ。
音楽の授業で、楽器を加えれば合奏になっていくと学ぶ。
何かを足していくことが完成へのプロセスと教育されてきた気がします。
調味料を足していくと、素材の味は背景化していきますよね。楽器の数を増やしてダビングを繰りかえしていくと、個々の音はぼやけていきます(そういう音楽の魅力もありますけれど)。
しかし、創作には引き算思考も必要です。作文では、それができます。(料理や絵画の世界ではなかなか難しいでしょうけれど。)
削ることで、本当に伝えたいことの存在感が増します。文字数は減るけれど、情報の濃度が高めることができるので、「足りない」感は工夫で乗り切ることができることでしょう。
なので、僕は結構「削る」編集者でいることを意識しています。ライター、クライアント、取材先、さまざまなステークホルダーとともに日々公開する記事を製作していますが、「そこまで要素増やすと・・・」と編集会議で発言することのほうが多いです。
そして、校正作業をするときも、どうしたらもっとシンプルにコンパクトにできるか、ということをしつこく考えて対応します。
「伝えたい暴走」の防ぎ方
「伝えたい暴走」をどのように防ぐか。そんなに難しいことはありません。次のいずれかを取り入れればバッチリです。
(1)公開前に読んでくれる友だちや仕事仲間を見つける
(2)完成してもすぐに公開せずに、一夜寝かして、翌朝読み返す。(※)
(3)書き始める前に、何をどのように書くか、起承転結のバランスを決める。
僕も、このどれかひとつを必ず取り入れています。
(※)特にお酒を飲みながら書いて即公開は、とてもリスキーです(笑)
たとえば(1)のときは、あえて自分を暴走させることが多いですね。坂本龍一さんの映画の評論を書いたときは、浮かぶことを全て文章の断片で書き出して、それがおおよそ10000字になりました。
自分を暴走させて、伝えたいことを可視化させたわけです。それを当時校正してくれた編集者の福井尚子さんと、どんどん消して最終的に4000字弱に仕上げました。今、読むと、まだ削れる部分が多いなと感じますけれどね。
宣伝になってしまいますが僕が主宰している「作文の教室」では、この3つすべてを体験してもらっています。講師の僕はもちろん同期受講生と校正しあったり、一夜寝かして翌日に眺めたときに得る感覚、そしてワークシートを用いた事前設計です。(7/25土から始まるオンラインゼミクラスが、もう少しで申込期間終了。ぜひご検討ください)
引き算をすることは、足し算よりも勇気を要しますが、すごくクリエイティブな考え方でありプロセスといえます。ヒットする記事が、どれもシンプルで明快な理由は、引き算が丁寧にされているからではないでしょうか。
ぜひ、引き算を始めてみましょう!
INFO.
greenz.jpライターも各地からゲスト参加!文章を書くのが楽しくなる、greenz.jp副編集長のスキル習得ゼミ。
作文の教室 (実践編)
2020年7月25日(土)よりスタート! 申し込み締切、7/20(月)ですよ。
https://school.greenz.jp/class/sakubun_2020_summer/
P.S.
ちなみに僕に「引き算はクリエイティブだ」と教えてくれたのは、音楽家の小山田圭吾(コーネリアス)さんでした。コーネリアス『ポイント』は引き算の極致で、使われている楽器の数も、同時になる音の数もとにかく少ないです。でもスカスカ感がなくて、とてつもない密度の音楽になっています。ぜひ聴いてみてください。
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