きみの季節、蠢く先で死滅

冬と春の混ざった匂いがする。ああ今年もこうして死んでいくんだなとぼんやり思った。春に虫と書いて蠢くと歌われるような、春はそんな生命の季節のはずなのに、その割には春って全然生きた心地がしない、春だけはいつも私の中に残らない。残ってくれない。掴めないからずっと不穏で、でも掴めないから心地いい。だから気付かないうちに死んじゃいそうになる。春は生命の季節じゃなくて死の季節だろ。蠢く先で死滅。いつも降りずに通過するだけの駅の名前は毎日耳にしているはずなのにぼんやりとしか思い出せない。あなたの通過駅にはなりたくないけど、私は何よりそんな通過駅のことも覚えていられる人になりたいのに。覚えていられるように、忘れないように私は生活の中で言葉を綴り写真を撮り続けている。抱えているものが、守るものが多いと生きるのがくるしいよね、だけどその足枷が私を守ってくれるから。その重さこそが“私”の質量。痩せて見えるんだったら別に体重なんて何キロあったっていいじゃんね。中央線、隣で眠る人の重さと温度を感じて、ちょっとだけきみの温度を思い出して泣きそうになった。その温度が愛おしかったからじゃなくて、もうきみの温度をちょっとしか思い出せなくなっていたことに気付いてしまって泣きそうになった。もう死んじゃったんだと思った。きみはきっとあのとき春になって、そして私はもうそんなきみの季節を追い越してしまったんだと思った。冬と春の混ざった匂いがする。ああ今年もこうして死んでいくんだなとぼんやり思った。私はまた、この足枷を引き摺りながら春を、ぼんやりとしか思い出せないあの駅を、停車することのないあの街を通過してゆく。

私がぼんやりとしか思い出せないあの駅で降りる人、私がいつも乗っているこの電車が停車することのないあの街に暮らす人。時速何十キロものスピードで切り裂いてゆくその街の光1つ1つに生活があるってことを忘れちゃいけない。そうだよ、全部自戒だし全部エゴだよ、でも、それでも言葉が、言葉だけがわたしの心を本物にしてくれるから。

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