『アタマジラミ撲滅 前編』

 時は戦後の昭和。舞台は九州のとある田舎町。医療が未発達な時代-。

 中学2年生の聖子は、学生生活を謳歌していた。友達とは仲良く過ごし、郷土部では好きな歴史を研究していた。その中学生活がある日暗転する。

 中学校にアタマジラミが大流行した。これといった薬もなく、ただ頭に付いたシラミを見つけては駆除するしかなかった。それでもシラミの繁殖能力には遠く及ばず、男女とも髪の毛に付いたシラミを駆除するのに労力を奪われていた。

 ある土曜日の全校集会で、校長先生からとんでもないことが発表された。

「皆様も知っての通り、我が中学校では現在アタマジラミが大流行しています。これは髪の毛に寄生するものです。このまま放っておくと、学業や日常生活に支障を来たします。よって先生方で話し合った結論として、男子も女子も全員丸坊主になってもらいます。」

 悲鳴、泣き叫ぶ声。たちまちパニックになった。体育教師が怒鳴りつけ、どうにかその場は収まった。

 朝の会で担任の細貝先生が話した。
「全校集会で聞いた通り、みんな丸坊主にしてきてもらいます。これが決まるまで、先生たちで散々話し合いました。本当は可愛いあなたたち、とくに女の子には髪を切らせたくない。でもこれといった薬がない今、これは仕方のないことなのです。」

 話しながら先生は泣いていた。それを見ると何も言えなくなった。続けて
「来週の月曜日までには床屋さんで丸坊主にしてきて下さい。美容院ですと丸刈りに慣れていませんので、必ず床屋さんへ行って下さい。1ミリ以下の丸坊主にするように。そうでないと、またすぐにシラミが発生します。もし切ってこなかったら、学校で丸坊主にします。」

 みんな凍り付いた。仕方がないとは言え、髪を丸坊主にしないといけない。男子ならまだいいが、私は女の子だ。この長い髪を切りたくはない…。

 小学校からの親友、美香子に相談した。
「大変なことになったね…。」
「うん…本当に丸坊主にしないといけないのかな?」
「シラミって潰してもすぐに出てくるし、坊主にするしかないのかもね。」
「早く薬が出来ればいいのに…。」
「丸坊主って、髪の毛を全部刈られちゃうのよね…男子みたいに。」
「そうよね…。美香子はバリカンの経験ある?」
「私はないわ。聖子もでしょ?」
「うん。私文化部だし、ショートにしたことすらほとんどないもん。坊主にされるってどんな感じなのだろう。怖いわ…。」
「明日、一緒に床屋さんに行く?」
「うん。行くしかないよね。だって学校でなんか切られたくないし…。」
 その後は会話もなく家路を急いだ。

 夕食で髪を切る話が出た。両親とも今回の措置には納得しているらしい。私は話しているうちに泣いてしまったが、おそらく一度きりだし、後になれば笑える思い出になるからと慰められた。

 その晩はなかなか寝付けなかった。明日バリカンでこの長い髪を刈られる。男子みたいな丸坊主にされる。どうしようもなく怖い。目を閉じると、ケープをかけられ、バリカンで頭を刈られる自分が思い浮かんだ。

 翌日の昼過ぎ、美香子と待ち合わせ場所の駅前で会った。美香子もあまり寝ていないのか、もしくは泣きはらしたのか目が赤かった。

 とぼとぼと歩き、床屋に着いた。そっと中を覗くと、男子が頭を刈られている。待合にはクラスメイトがいた。

 友達がいることに安心し、2人で扉を開けて入った。挨拶もそこそこに、坊主にされている男子に目が釘付けになった。

 その子は男子にしては割と髪が長い子だったが、その面影が全くない。青々とした坊主頭にされていた。泣くのを堪えているのが分かる。男子でも辛いのに、女子である私は耐えられるだろうか。

 次に案内されたのは、ソフトボール部に入っている朱里だった。彼女は元からショートカットで、襟足は刈り上げにしている。椅子に座るとケープをかけられ、額からバリカンを入れられた。学校からお達しが出ているのであろう。女の子なのに、躊躇いなくバリカンを入れている。

 朱里の短い髪が、バリカンで次々に刈られていく。整ったショートカットの髪が坊主にされていくが、朱里は特に動揺することなく、淡々と刈られている。やがてさっきの男子みたいな丸坊主になった。だが彼女が席を立った時、表情は変わらないものの、涙が頬を伝っているのが見えた。

 元から短い彼女でさえ、涙を流すほど辛い…私には絶対に無理だ…もうお店を出たくなった。

 朱里が終わると美香子も椅子に通される。か細い声で「行ってくるね…」と言われた。

 美香子は入学時におかっぱにしたが、それ以降は伸ばしていた。背中まで届く綺麗なロングヘアは、女子の私でも綺麗だと思っていた。

 おじさんはまずハサミを首筋に当ててざっくりと切り始めた。程なくして入学時のようなおかっぱ頭になった。その後もザクザクと切っていき、ある程度短くなったところでバリカンを手にした。

 その時、クラスメイトの拓哉君が入ってきた。えっ!?なんで?あぁそうか、みんな坊主にするんだっけ。でも少し気になっている拓哉君に、私が坊主にされるのを見られたくない。どうしよう…。

 私の動揺をよそに、カタカタと乾いた音を立てて、美香子の額にバリカンが入る。ウッという声がして、美香子の前髪が刈られた。

 その瞬間、美香子は声を上げて泣き出した。でもおじさんは怯むことなく、淡々とバリカンを入れていく。バリカンは美香子の髪を根こそぎ刈っていく。前髪が終わると横の髪、そして下を向かせて後ろの髪も刈っていく。バリカンが通った跡は青々としていた-。

 恐ろしくなった。私も数分後にはああやって刈られる。あと少しでお気に入りの三つ編みが出来なくなる。バリカンでやられてしまえばあっという間に丸坊主だ。バリカンがどう猛な生き物に見えてきた。

 朱里に続いて美香子も丸坊主になって戻ってきた。次はとうとう私だ。まる坊主になる覚悟は出来ていたが、拓哉君の目が気になった…。

 覚悟は出来ていたはずだ。でもバリカンで丸坊主に刈られるところを彼に見られるのだけは嫌だ…裸を見られるのと同じぐらい恥ずかしい。

 これが例えばバッサリショートにするのを見られるのなら、まだいいかもしれない。しかし、女の子の象徴である髪の毛を丸坊主にされるのは、絶対に見られたくない…。

「美香子ごめん!どうしても拓哉君にだけは、髪を切られるところを見られたくないの…明日学校でやってもらうから、今日は許して!」
「…いいわ。聖子の気持ちは知っているし。無理にとは言わないわ。」
「ありがとう!」

 何とか最悪の事態は回避した。だがそれは執行日が一日伸びだけだった。

【拓哉の気持ち】
 最悪だ…いくら学校で決まったこととはいえ、なんでたかだかシラミのために坊主にしないといけないのだろう。しかも女子まで坊主ってどういうことだろう。

 坊主なんて初めてだ。バリカンは刈り上げにする時しか使われたことがない。でも友達もみんな切ってくると言っていたし、自分ひとりだけじゃないからいいかとも思った。それに自分だけ切らないのはおかしい。

 仕方なく床屋に行くと、藤田さんが固い表情で散髪椅子に座っていた。床には大量の長い髪が散っている。もちろん藤田さんの長い髪だ。そしてバリカンが入れられてた-。

 女子なのに、容赦なくバリカンで刈られていく。こんな光景初めて見た。黒髪にバリカンが入り、すぐに地肌が見えた。彼女の泣き声を無視するかのように、バリカンでどんどん刈っていく。坊主の部分が広がり、首も恥ずかしさからか真っ赤になっている。

 うなじが丸出しにされていくのを見てドキドキした。藤田さんのうなじなんて見たことがなかった。髪が長くて美人の藤田さんが丸坊主にされ、そこらの男子と変わらない姿になった。まじかよ…。
 
 だが、待合に座っていたもう一人の女子にも驚いた。俺が密かに好意を抱いている増渕さんだ。三つ編みが可愛くて、小動物のようで、彼女と話しているとウキウキする。こんな可愛い子まで坊主にされてしまう。あの三つ編みが切られ、バリカンで刈られるのを見ていてもいいのだろうか…。

 しかし意外にも増渕さんは髪を切らずに出て行った。顔を真っ赤にし、チラッと俺のことを見た。そりゃ男子に見られるのは嫌だよな…でも見てみたかった気もする…。

 俺が呼ばれてハッとした。そうだ、今から坊主にしなきゃいけない。
「せっかくならさっきの女の子よりも短くしていく?」
「えっ!?それはいいです…。」
「いいじゃないの。さっきの女の子は1ミリだったんだから、男ならもっと短くしていきなさいよ!」

 強引に押し切られて、0.5ミリですることになった。どうせ坊主だから同じだ。そして額に迫ってきたバリカンは、一気に俺の前髪を刈った。いつもは刈り上げだが今日は違う。やっぱり嫌だ。それなりに気を遣ってきた髪を坊主にされるなんて。でも逃げようがない。

 刈り上げとは違う感触。バリカンが通った所だけ坊主になった。一瞬泣きたくなったが、藤田さんみたいに泣くわけにはいかない。グッと耐えた。

 次々にバリカンで刈られていき、ものの5分で坊主にされた。しかも0.5ミリだからかなり短くて青い。頭を触るとザラザラしていた。男の俺でもこんなに辛いのだから、女子たちはもっと辛いだろう。大丈夫だろうか。不登校になったりはしないだろうか…。

【学校での強制断髪】 
 月曜日。クラスメイトはみんな坊主にしてきた。元の髪型が分からないぐらいだった。セーラー服を着ていなければ、男子と見間違うぐらいだった。だが何だか楽しそうに、互いの頭を触ってはキャッキャしていた。

 対して坊主にしていない生徒は私と浜田さんだけだった。誰とも話せず居心地が悪かった。

 一時間目の最中私たちが呼ばれ、生徒指導室に連れて行かれた。当然髪を切られるのだろう。もう逃げられない。始めに浜田さんが椅子に座らされ、ケープをかけられる。

「私やっぱり反対です!こんなの間違っています!!」
 涙ながらに浜田さんが訴える。
「しょうがないだろ。これは先生方が何日も話し合って決めたことだ。それにみんな切ってきただろう?お前たちだけ特別扱いは許されない。」
「でも…でも…」

 浜田さんが抵抗するのも分かる。学校内でもひときわ美しいロングヘアを持つ彼女。あの髪を坊主にするなんて耐えられないのだろう。

 ふいに椅子から立ち上がった彼女は逃げようとした。だが先生に取り抑えられる。
「やだーー!やめてやめて!!」
「暴れるな!危ないだろうが!!」

 先生はハサミを手に取り、嫌がる浜田さんの髪を掴む。そしておもむろに髪の根元あたりにハサミを入れた。綺麗な髪がバッサリと切られる。バッサリ切られて抵抗を止めた浜田さんは、次々に髪を切られていった。ある程度切ると、先生はこともあろうに手バリカンを取り出した。
「先生、それって…」私は思わず口走る。
「あぁこれか。学校には電気バリカンなんて気の利いた物はない。これで我慢しろ。なぁに、いつも悪さをした男子を坊主にするのに使っている物だから問題ないだろう。」

 カチカチと不気味な音を立てて、浜田さんの額に銀色の手バリカンが入る。キャー!痛い痛い!!と悲鳴。それでも構わずにカチカチと動かしていく。ザクザクと髪が刈られる音がする。手バリカンを離すと髪がまとまって落ち、その部分だけ坊主になっていた-。

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