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働くということを考えたら最初に入った会社のことを思い出した話

ピアノ調律師の書斎

ピアノ調律師という仕事が珍しいのもあってか、お子さんの進路のことでご相談されることがちょくちょくあります。軽々しくアドバイスはできませんが、さすがに18年くらい社会人をやっているので、ひとつの例として少しは参考になるかな?と思うと同時に、改めて自分の仕事についても考える機会になります。

今回はそんな“働く”において大事に思っていることのひとつを書いてみたいと思います。

この仕事ではいろいろな訪問先があります

僕の場合は基本的に一般家庭のピアノの調律がメインで、8割くらいを占めています。のこりの2割は音楽スタジオやピアノ教室、学校、幼稚園保育園など、業務の設備としてのピアノのメンテナンス。

ご家庭のピアノの調律は、その場でダイレクトに喜んで頂けるのがシンプルに嬉しいです。昔センパイに「毎回の仕事にちゃんと終わりがあって、しかも目の前でお客さんに喜んでもらえるこの仕事ってほんと幸せだよ」と言われたのは、本当にその通りだと思います。

【合唱祭の伴奏に選ばれた】
【会社の人と合奏をすることになった】
【家族もピアノを習い始めて一緒に練習してる】

自分の仕事が少しでも誰かの生活を豊かにできているのってホント嬉しいです。

その一方で、スタジオなどの調律で裏方に徹するのも好きです。ピアノを利用する方は誰が調律したかを意識することもなく、あたりまえに来て、弾いて、帰っていくのを見るとすごく「社会で働いてるな〜」と嬉しくなります。

最初に入った会社はいわゆるブラックで…

いや、実はそうでもなかったのかな?と思い出してみました。

初日に髪を切りに行かされる。会社の寮という名目の古い一戸建てに数人で住むのが強制(各部屋カギは無し)。外回り用の車を自費で購入(補助は無し)。ちょっとしたミスで万円単位の減給になる。毎日社長にひとりひとり電話でその日の報告をしないと帰れない(社長はなかなか電話に出ない)。そうこうしてるうちに新しい仕事が入ってきて20時頃から新しい作業がはじまる。スマスマが観れる時間に帰れると「今日早いな〜」と思う。就業時間外に社長の車を社長宅まで持っていく業務がある。急に1週間の関西出張(人と荷物ぎっちりの車で夜中に出発。向こうでも狭いワンルームで雑魚寝)

…書き出してみたら、う〜ん…笑…結果的に短期間で辞めてしまいました。

プライベートの時間がないとか理不尽だとか、当時はそういうことが嫌だと思っていましたが、今考えれば自分のがんばりを社会と噛み合わせる余裕がなくて、長時間働いても社会に貢献している実感がなかったことが一番の理由だったと思います。社会の一員ではない気がして、休日に人がたくさんいるショッピングモールにいても、自分が透明になったような感覚をものすごく覚えています。

今はフリーランスになって15年目

我ながらよく続いてるなと思います。どの仕事を受けるか、受けた中でどんなやり方をするかを決めるときは「自分がやることで、だれかに価値を与えられる仕事(やり方)なのか」を基準に考えています。

結果的に、最初の会社の経験もその考えに至れたという意味でものすごく活きてはいるんです。調律のテクニック的にも色々と勉強させてもらいましたし、なにより当時のセンパイ(も後に独立)は今でも仲良くしてくれていて、遊び相手であり、同業仲間であり、ライバルでもあり、頼り下手な僕のお兄さん的存在になってくれています。

結局何が言いたいかと言うと、長く働いて行くにはなにより、その仕事で社会の一員になれている感覚はすごく大事なんだろうなと、最近思っています。

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