見出し画像

顔と、化粧にまつわる話

「〇〇〇ってさあ、顔のこと馬鹿にされたことないでしょ」

けっこう前に友人から言われた言葉だ。〇〇〇とは私のことだ。
言われてふと思い出そうとしたが、確かに顔のことをブサイクとかブスとか言われた記憶はない。そもそもかわいくしようと努力したこともなければ、顔の美醜に関してあえて言及する機会がほとんどなかったと思う。

「顔について悪口言われたことないって顔してるもんね」

そう言われてはたと気づく。
いじめられたことは一応あるのでブスという言葉を投げつけられたことがあるはずだ。けれどそのときの私ときたら、おまえのがブサイクだあほめ!と強く思ったな……ということを思い出す。
しかも顔についてその一回こっきりで、それ以降顔については言われたことない。
あんまり外に出て遊ぶこともなかったから、たぶん言われる機会もなかった。

そして不思議なことに、顔の美醜に関する価値観はある程度身についているし、むしろ私の中の美醜判断は一般的なものと比べても極めて苛烈だと思う。口に出したら間違いなく袋叩きにあう。おまえは何様だ!と。


私の顔について。
親バカな父親にはたぶんかわいいってほめられながら育っていて、母親には言われたことがないけれどもたぶんひいき目に見ても子供の頃の私はそこそこかわいい部類に入ってたと思う。もちろん小さい頃限定で。子どもはだいたいかわいいことが多い。
そして両親の顔を見るからに、父親は某芸能人のだれかさんにあまりにもそっくりなので、タモリのそっくりさんに出たら?とまで思った。イケメンかは知らない。かっこいいとは思わない。ただ某芸能人さんはかっこいいと思う。イケオジ。
母親は芸能人では思いつかない。ただ、いとこから昔から近所で美人姉妹と評判だったって話を訊いてるし、娘のひいき目から見ても母親はきつめだがかわいい部類の顔立ちをしている。子ども心におかあさんの顔かわいいなって思ってたし、母の姉妹はすっきりしたきれいめの顔立ち。ちなみに母親の姉の顔は私の好みど真ん中である。

とはいえ私の顔は父にも母にも似ていなくて、申し訳程度にキョウダイに似ているねと言われていた。ちなみにキョウダイは誰が見ても母親似だねえって言葉をもらっていた。
正直、私は自分から見ても父にも母にも祖父や祖母にすら似ていなかったので、もらいっこなのではって戸籍謄本見るまでは信じ込んでた。
母からは、生まれたばかりのあなたはおじいちゃん似ですねって言われたのよ、と聞いている。ちなみにそのとき祖父はまだ一度も病院には来てなかった。


さて。

ブサイクって言われると顔が気になってきれいに見せたくなる。きれいに見せたくなると化粧やらなにやらで努力をすると。そして努力の結果、また顔の再評価をされるのだと。
友人はそう言った。


そうかもしれない、と思う。
ブサイクって言われたこともなければきれいにしようと努力したこともない。
むしろ、かわいくしないようにしてたかもしれない。

小学生の低学年くらいのとき化粧品にはまだ興味があった。某変身する女の子アニメは大好きだったから、不思議でもなんでもないかもしれない。
当時祖父母にねだったのか、子供向けの口紅やマニキュア、おしゃれなバッグがセットになったそれを買ってもらった記憶がある。
お気に入りだったし、家でも化粧セットでうきうきしていた。
ところが、だ。
あるときから私はそれを使わなくなった。決定的ななにかは覚えてないけれど、のちのち私はスカートをはかなくなった。ジーパンしかはかなくなったし、かわいいと思われる服を買ってもらわなくなった。かわいいものを見なくなった。
思い返すと、たぶん母からなにか言われたのだろう。
ほしいとねだった服が母親好みじゃなかったことが何度かあった。買うのを嫌がられたと私は思ったのだろう。
ああいうの派手で嫌よね。おかあさん好きじゃないな。
そんな台詞をたぶんよく聞いていた。親が無自覚に言っていて、私はそれを確かに正しく受け止めていたと思う。
何度かそれが続いて、自分を否定されたような気持ちになって、私はたぶんそれからねだらなくなった。服を買いに行こうとすると母が好みそうな服を選んだので、文句は言われなかったし快適だった。
自分好みのを選んだときに嫌な顔をする母親が嫌だったし、いちいちそれに受け答えしてほしいものを買うたびにけちをつけられるみじめな気持ちを味わうのがたぶん嫌でたまらなかった。
高校生だか大学生の時に「太ったね」って母から言われたけれど、どうでもいいとすら思っていた。まだ太ってないし、とデブと言われる人たちと比べて私はマシな方だとすら思っていた。
一人暮らしをするまで自分の好みの服というものを選べなくなってた。親の選んだ服をずっと着ていると言ったら、友人にドン引きされた。

顔について馬鹿にされたことはなかったけど、かわいくなること、かわいくすることを極力避けてきたんだろうなあと思う。
「年頃になったのに化粧にすら興味も持たないで……」と母はよく言ったし、周りにもそう言っていた。でも、私は興味を持たなかったし、たぶん興味を持たないようにって思い込んでたのかなと思い出す。
自分がこうしたいと思ったことを否定されてきたから、じゃあ否定される要素は極力減らそうと。興味なんて持ってやらないと。

高校生くらいになると色気づいたかおしゃれに敏感になる子をきわめて批判的に、いっそ憎んでいるのかもしれないと思うくらいに冷めた視線で見ていた。たぶん、家で自分がそれをやったらきっと母に馬鹿にされると思っていたし、おしゃれができる子たちを強くうらやんでいたのかもしれないなと思う。

顔については馬鹿にされてなかったけど、かわいくする努力をしなかったのは顔だけのせいじゃなかったなあって、そんなことを思い出した。

読んでくださりありがとうございます。もし少しでも<また読みたい>と思っていただけたなら、気が向いたときにサポートいただけるとうれしいです。