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パスタから学んだ"今を楽しむ"ということ

最近今を楽しめるようになってきた気がする. 料理を作ったり, 旅行に行ったり. 今までは自分の成長にとらわれて現在を犠牲にしていた. 遊んでいたら何も叶わない, 成長に時間を使わなければいけないという思いが非常に強かった. しかし最近は未来のために現在を犠牲にすることは結局未来も明るくならないなと感じるようになった.

なぜか?

今まで成功というものに縛られていた. 勝ち抜かなければいけない, 他の人より優れていなければいけない. そのために努力をしなければいけない. 
という思いが非常に強かった.

師匠との出会い

ちょっと前になぜかわからないがイタリアンシェフの動画に出会った. 僕は師匠と呼んでいる. 

小倉友巳シェフという方である. この方の動画をいくつも見るようになって,何かパスタに本質があるのでは?と感じた. そして一度もパスタを作らぬまま河童橋に行きアルミのフライパンを購入した. 

これを使って時々パスタを作るように.
まず初めはアラビアータを見よう見まねで作ってみる. 何やらすごい美味しい. そしてそれと一緒に飲むワインがめちゃめちゃ美味い. 久しぶりにとても幸せな気持ちになった. 今までこんな事をしたことがなかった. 

自分のための時間の使い方

高校時代は部活と勉強で忙しく, 大学時代もインターン. 基本自分が夢中でやっていたことだが夢中になり過ぎてそれしか頭にない状態. 他のものに時間を使いたくない. もっとやらないと.みたいな感じでいつしか頼めなくなってしまう. 

なので今まであまりゆったりとした時間を楽しむということがなかった. しかし, こんな感じでゆったり美味しいものを食べるというような時間の幸せを知り, こういう事をもっと増やしていきたいなと感じるようになった. 

この記事の中でも書いたが, 
「死までの長い時間をせめて楽しもう. 100%正しい事などないのなら自分の好きなような, 自分が正しいと思える事をしよう」
という思想の元, もっと自分の楽しめることに時間を使うべきだと思ったのだ. 結局なぜ生きているか?というと自分のためなのである. 自分が幸せでなければ意味がない. 他人の評価やら地位やらを自分の軸に入れたらはちゃめちゃである

そうなってくると未来のために現在を楽しくしないのは非常に勿体無い. 未来にやりたい事, 目標があり,それが自分を幸せにすると思うのであればその目標のために努力をすればいいと思う. しかしだからと言って今の自分を幸せにしないのというのは少し間違っている.

結局今を楽しめないやつは未来でも楽しめない. 余暇を楽しめないと心に余裕が生まれない, 心に余裕がないと何も楽しいと感じない. 幸せでなくなると思ったのだ.

もう一つの今を楽しむべき理由

大学2年生から4年生までソフトウェアエンジニアとして働いてきて,今はエンジニアという職種から離れて自分で事業を作るという所にシフトしている. そうなった時に知識をつける事も大事だし,それをやらない訳でもないが, 時代の流れを読むことや自分独自の視点を持つ事, 自分の価値観を明確にすることとかの方がよっぽど中長期的にみて大事な気がする.

この時に視野を狭くして現在の仕事に没頭すると短期的には成果を上げられると思う. しかし自分の嗅覚を頼りに時代の流れを読み人を幸せにする事業を中長期的に作り続けられるかと考えると非常に厳しいきがする. 

自分の目標について

元々CTOになるというぼんやりとした目標を掲げていた.ただこの目標を立てる時点で欠けていることがあった.本当の自分の欲求を見つける事である. 現在のソフトウェアエンジニアというロールの延長線上にあるものを目標として置いただけに過ぎない. 自分はどうしたら幸せなのか, どんな生活を送りたいのか, どんな仕事をしたいのかから考えるべきである.
キャリアアップという言葉に惑わされるべきではない.
そうなった時に, 自分で事業を0から立ち上げ世の中に出すという事を繰り返し行う連続起業家のような生き方をしたいと思った. そのために今は自分の事業の立ち上げをするための準備, 開発を行っている. 

最後に

結局生きるということは自分を幸せにすることである. その自分とは未来の自分だけではなく, 現在の自分も含まれるのである. 

そうなった時に自分を幸せにするものは何か?幸せになるためには何が必要なのか?そのピースは多ければ多いほどいいはずである. このピースを沢山見つけていきたい. そのために自分は色んな人にあったり, 色んな体験をしたり, 色んな場所に行ったりする. そしてそのために余裕を持つ. これが非常に大事だと思う. 

うちの今晩のおかずが一品追加されます。