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いつか役に立つ

「もう俺は今後◯◯しないからな」は、信じなくていいと分かった。その時の感情にまかせて苛立って言ってるだけだから、どれだけ強く言われても信じなくていい。

仕事の話をしていて喧嘩になったり微妙な雰囲気になる度、もう仕事の話はしないと宣言されて辟易していたが、結局そんなことにはならなかった。毎日のほとんどを職場で過ごしていて、しかも私達は同じ職場の同僚なのに、「仕事の話はもうしない」なんて、そんな極端な解決のさせ方ないでしょ、解決になってないし!と思っていたけど。彼の「もう◯◯しないからな」の宣言は、正しくは、「もう(俺が怒っているうちは少なくとも)◯◯しないからな(←落ち着けば自然と元に戻してOKだけどサインは特に出さない)」なのだ。悩みを俺に話すのをやめてくれ、友達に話してくれ、と言われたこともあったけど、今だって相談は普通にしているし、してもOKな空気だし、お互い楽しく愚痴を言い合っている。怒っている瞬間に彼が発した言葉は、いつのまにか無効化している。

私達は顔を合わせることなく、私の計らいにより何の前触れもなく別れるかたちになったのだけど、付き合っている間にも一度別れ話をしたことがある。その時は面と向かって話していて、穏便に進めていたのだけど、同僚としてとても信頼しているし、友達としても好きだから、今すぐとは言わないけれど、またこうやってご飯とか食べられたら嬉しい、といった旨のことを私が伝えた時、「いや、それはちょっとできない」とはっきり言われた。もう二人で食事はしないと。この時の彼は怒っていたわけではなかったが、やはり、無効になっているらしい。私は明日、彼と食事する。昼の休憩で何人かで一緒になることは稀にあるが、約束は業後である。

この人の「もう◯◯しない」はまったく当てにならないと改めて分かった。雑なタイプではないし、むしろ几帳面な方だとは思うけど、責任感はないのだ。いっこいっこの言葉を受けて私がビクつく必要はないらしい。特定の誰かに対する彼の行動の意向を示す言葉については、特に、軽んじていても問題ないらしい。よくよく分かった。

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