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扉の向こう側にあるもう1つの教室


「みなさん、おはようございます」

「おはようございまーす!」

「7人、全員揃ってるわね。それじゃ、さっそく、教科書の16ページを開いて。今日は、みなさんおまちかね。"嫌いな食べ物を好きな食べ物の味に一瞬で変える魔法"を練習しましょう!」

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今日、僕は迷わずAの扉の教室に入った。
ここは、魔法学のクラスだ。朝起きた時からここに来ることを決めていた。

理由はただ1つーー。
今日の給食のメニューに、大嫌いなニンジンのポタージュがあるからだ。

僕はお化け屋敷もジェットコースターも苦手だけれど、ニンジンはそれよりも大大大嫌いだ。独特の匂いも、少し感じる甘さも、食感も、全部苦手。
お母さんは、ニンジンをどうにか僕に食べさせようと、ハンバーグに細かく入れたり、カレーに混ぜたりするけれど、正直どれも全然おいしくない。でも、お母さんを悲しませたくなくて、我慢して食べる日も時々ある。

今日はこの時間で、ニンジンを僕の大好きなチョコレートの味に変えてみせる。
この魔法さえ身につければ、これから先、どんなメニューが出たってへっちゃらだ。

「よーし。じゃあ、まず、目の前にある食べ物の味をイメージしてみようか」

「先生! 嫌いな食べ物の味をイメージするのなんて嫌です!」
「そうだそうだー」
「はやく魔法のやり方を教えてよ!」

たった今、嫌いな食べ物が目の前に置かれている、という共通点がある僕たち7人。今日初めて会った人ばかりだけれど、まるで相談していたかのように、文句を言うときだけ声が大きくなる。

「はーい! 静かに。物事は全て、想像するところから始まるの。逃げたら効果は薄くなるわよ。ほら、集中して!」

魔法学の担当、フシギ先生の声が教室に響き渡る。

僕はこの魔法を昼休みまでに絶対に取得するぞ、ともう一度意気込んで、目の前の杖を握った。

***

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「まずはみんなでストレッチから始めるよー! 2人1組になって、横に並んでね」

「はーい」

「いっち、にー、さんっしー、ごーろく、しーちはーち」

私は今日、Bの教室に来ている。ここは、自由に体を動かしながら、ダンスを学ぶクラスだ。

「ストレッチをしながら、どうしてこのクラスに来たか、きっかけを何人かに聞いてみようかな。まずはタケくん、どう?」

「俺は……体育祭でやるチームダンスがどうしても下手だから」
タケくんは運動神経抜群だが、ダンスだけがどうも苦手らしい。少し照れながらも先生の方をまっすぐ見て話す姿は、さすがスポーツマンだと思った。

「よし! クラス練習で難しかった振りは、今日ここでおさらいしよう。わからないことがあれば、先生に教えてね。 ミキちゃんはどうかな?」

ぼうっとしていた私は、当てられたことに少し驚いた。みんなの前でこんなことを言うのは恥ずかしいけれど、タケくんも話していたし、しっかり話さなきゃ。

「私は、ダンスとは関係ないんだけど……お友達と話しているときに、うまく会話のテンポがつかめないんです。話がどんどん先に進んでしまうことがあって……担任の先生に相談してみたら、リズムを学んでみるのも良いかもって」

「なるほど! 確かに、ダンスからリズム感のヒントを得られるかもしれない。今日は、ステップをやってみようか」

ケンジ先生は、テレビの音楽番組で有名アイドルのバックダンサーなんかもしている、すごい人だ。とにかくかっこよくて、わからないことを何でも教えてくれる。

小さい頃からリズム感がないと言われて育ってきた私は、ダンスを習いたい……というのはもちろんだけれど、実はケンジ先生に会いたくてBを選んだ、っていう気持ちもある。これは、誰にも話していない、内緒の話。

「はーい、ストレッチ終わり! じゃあ、次は4人で円を作ってみようか」

「はーい!」

今日は人数も多いから、いつもより楽しい授業になりそうだ。

***

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「失礼……します」

「タケルくん、いらっしゃい。今日の生徒は、あなた1人よ。話す時間がたっぷりありそうね。お茶を持ってくるから、少し待っててね」

俺は今日、Cの教室を選んだ。

担当のサトウ先生は、腰が少し曲がっていて、俺のおばあちゃんより年上に見えるけれど、廊下で会うといつも元気に話しかけれくれる。

昨日のあの出来事から一睡もできなかった俺は、どうしても今日、先生に話を聞いてもらいたかった。いつもは別の教室を選ぶから、ここがこんなに静かだってことも全然知らなかった。なんだか、緊張する。

「先生……今日は、聞いて欲しいことがあるんだ」

「もちろん、大歓迎よ。もしかして、昨日のことかしら? サクラ先生から少しだけ聞いているよ」

俺は俯きながら、小さく頷いた。
先生は淹れたばかりのお茶を机に置くと、俺の頭にポン、と手をのせた。それから、さっきよりも背筋を伸ばして腕まくりをしながら、教壇に立った。

「ようし、それでは、はじめます。ここは、タケルくんも知っているとおり、”謝り方を学ぶクラス"です。まず、今日は誰に謝りたい、と思ってここに来たのかな」

「……俺が謝りたい相手は、ケンタ」

「ケンタくんだね。昨日のこと、詳しく教えてくれるかな?」

「昨日、休み時間に……皆でサッカーをしてたんだ。途中まですごくいい勝負で……そうしたら、アイツは同じチームなのにボールを横取りしてきて……ついカッとなって、脚を蹴ったんだ。でも、思ったよりも強く蹴ってしまったみたいで……ケンタの膝から、血が出た。痛そうに転んで、試合も中断して。なんで蹴るんだよ!って、怒ってて。でも、俺、謝れなかったんだ」

サトウ先生は、俺の目を見て頷きながら、真剣に話を聞いてくれている。母ちゃんには、こんな風に素直に話せないのに。

「蹴ったのは、俺が悪い。怪我させたことも、本当にごめんって思う。でも、俺の気持ちもケンタに知って欲しいと思うのは……ワガママなのかな、先生」

「うん。まずは、話してくれてありがとう。あなたがしっかり謝ろうとしていること、その心がとても大切よ。それから、自分の心をわかってもらいたい、と思うのは決して悪いことじゃあない。ただ、伝える順番がとても大切なんだ。まずは、しっかりケンタくんに謝ってから、タケルくんの気持ちも伝えられるように頑張ろうね。それじゃ、今日中に仲直りできるように、作戦を立てて行こうか」

先生はさっきよりも柔らかく笑って、机の側まで来てくれた。
昨日から取れなかった胸のわだかまりが少しずつほどける気配がした。

今日、しっかりケンタに謝って、仲直りしよう。

***

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「せんせー、変な形になっちゃったー」
「全然そんなことないわ! もう少しだけ薄くのばしてみようか」

今日私が来たのは、Dの教室。
もうすぐ敬老の日だから、感謝の気持ちを込めて、おじいちゃんとおばあちゃんに手作りのクッキーを、と思ったのだけれど……
家で作ったら、全部真っ黒焦げになってしまった。
今月のクラス表を見たら、月に1度だけ来てくれるパティシエのルミ先生の名前があって、すごく楽しみにしていた。

「サユちゃん、残りのクッキーは何味にする?」
「おばあちゃんが好きな抹茶と、おじいちゃんにはココアがいいな。 先生、粉はどれくらい入れればいいですか?」
「ココアはほんの少しで大丈夫よ。まだ入れないで待っていてね」

先生は慌ただしく教室の端から端まで見て回りながら、丁寧にアドバイスをしている。

私は甘いものを食べるのも大好きだけれど、ケーキの本を読んだり、私より年上のお姉さんたち向けの料理雑誌を読むのも好き。誕生日には、お母さんにおねだりしてルミ先生が書いた本を買ってもらった。

"スイーツを作りたい、という気持ちは、誰かを想う気持ちです。自分のために作るより、誰かを思って作るスイーツは、何倍もおいしくなるんです"
本の中で、先生がこんなことを言っていた。

今はあまり得意じゃないけれど――大人になったら、ルミ先生みたいなパティシエになりたいとひそかに思っている。

「先生、苦手だけど好きなことを将来の夢にするのって、だめですか?」

クッキー生地をのばす手伝いをしてくれていた先生は一瞬驚いて、目を丸くしたけれど、すぐに微笑んで、こう返してくれた。

「だめじゃないわ。好きだって気持ちの方がずっと大切なんだから」

なんだか、心がぽっとあたたかくなった。
先生がこう言ってくれるなら、きっと、大丈夫だ。

***

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どの扉を選ぼう?

私は今日学びたいことが多くてとても迷っていたけれど、結局また吸い寄せられるようにEクラスに来てしまった。

「みなさ~ん、ようこそ! Eの教室、別名"おとぎの国"へ!」

LOEPI先生は、いつも赤い水玉の洋服に、青い三角の帽子をかぶっている。まるでサーカスの道化師みたいで、とても陽気だ。

私は、教科書や難しい本を長い時間読んだり、集中することがとっても苦手。
この教室には、同じような悩みを持った人たちが集まっているけれど、今日は初めての参加者も多いみたい。

私がEクラスに参加するのは3回目だけれど、とにかく、他のどの教室よりも抜群に面白いんだ。

「”イマジネーションの力を育てる”それがここ、Eクラスの目標よ。みんな、楽しむ準備はいい?」

「はーい!」

「それじゃ、今日の本を決めていきましょう。 はじめましての子から、先生の前に順番に並んでー」

20人くらいの生徒たちが、一斉に教壇の前にぎゅうぎゅうと並ぶ。

「ミナミちゃんは、どんなお話を読んでみたい?」
「私は……遊園地がすごく好きなの。だから、遊園地のお話を読みたい」
「遊園地、いいわね! じゃあ、今日はこの本なんてどうかしら。主人公は活発で明るい、ミナミちゃんみたいな女の子。お菓子がたーくさんある遊園地で、大冒険するお話よ」
「わぁ……面白そう! 読んでみる!」
「はーい、どうぞ。続きを読みたくなったら、また先生のところに来てね」

初めて参加する生徒は、まず先生に好きなもののイメージを伝える。色や食べ物、行きたい場所、自分の夢、今の気分でも、何でもいい。そうすると、先生がとっておきの1冊を選んでくれる。

私みたいに何回も参加している人は、読みかけの本を持って、列に並んでもいい。

「先生、今日は昨日のお話の続きを相談したいんだけど」
「そうね! 昨日は、魔法使いのベルが森で迷ってしまうところまでだったわね。ユアちゃんは、このあとベルにはどうなってほしいと思う?」
「1日考えたんだけどね……ベルには仲間が必要だと思うの。だから、この後は素敵な仲間に出会って、森から抜け出して欲しいな」
「仲間。素敵なキーワードね!」

先生は私が渡した本を手に取ると、白紙のページに手をすっとかざした。すると、キラキラした星の光と一緒に、さっきまではなかった物語のページがどんどん追加されていく。

「はーい、これでよし! ユアちゃんが作るお話、これからどうなるか、すごく楽しみだわ」

先生にお礼を言って、私は少し駆け足で窓際の席に座った。

ここは、私たちの理想や夢を受け入れてくれる、自由な場所。
私が作る、私だけの物語。今日はどんな風に作っていこうーー
考えるだけでもワクワクが止まらない。

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ー校長からのごあいさつー

蛇口からジュースが出る学校
服装も髪型も自由な学校
テストも通知表もない学校
先生が友達みたいな学校
勉強より遊ぶ時間が多い学校

子供たちが想像してきたこんな学校が
もし本当に実現したとしたらーー
それは、とても素敵な場所になることでしょう。

でも、私たちの学校は
ただ枠組みを変えるのではなく

子どもたちに、誰よりも"自分"を信じ
"自分"を愛せる大人に成長してほしい
という願いがあります。

立ち止まったとき
悩んだとき
辛くなったとき
時には逃げることも正しい選択です。

でも、もう一歩。
自分で自分の課題に立ち向かえる
そんな勇気を持っていて欲しいのです。

誰かを愛するより前に
自分自身を愛さなければ
何もはじまらない。

私たち教師一同は
生徒一人一人と真摯に向き合い
全員が自分のことを今よりもっと愛せるよう
全力でサポートすることを
ここにお約束します。

《理想の生徒像》
自分を信じて自分らしく生きる
問題や困難から逃げずに立ち向かい
乗り越えていける たくましい子
《合言葉》
LOVE YOURSELF
ー 自分のことを愛し、信じよう ー
《特徴》
毎日1・2限目は、自由選択クラスです。
自分に必要だと思う教科を選び
好きなだけ学ぶことができます。
*科目は随時募集中*
相談は教頭まで

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