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連載小説|寒空の下(8)

 ショッピングモールで働く生活が始まった。俺は笠原にアドバイスを受けながら「西側の立体駐車場出口」での業務を遂行した。朝の10時から夜の19時過ぎまで、休憩は1時間半おきに30分ほどあった。たいして難しい仕事ではなかったが、寒さという意味でも、ストレスという意味でも飲まないとやってられなかった。俺は休憩の度に笠原から少しだけ紹興酒を分けてもらった。防災センターで働いている人間たちは、俺と笠原が酒を飲んでいることに気付いてるはずだったが何も言ってこなかった。花蓮さんはこちら側の人間だった。彼女は酒飲みではなく、自分は末端冷え性をどうにかしたいだけだと主張した。

 ある程度酒に酔っていたとはいえ、ほぼ丸一日立っていると時間の流れは恐ろしく長かった。仕事があまりにも暇なおかげで余計にその傾向は強くなった。手に負えないほど多くの車がやって来るわけでもなく、3台くらいの流れが数分おきに来るくらいだった。下手すれば15分くらい車がやって来ないなんてこともざらにあった。とにかく時間は過ぎてくれなかった。腕時計で時間を確認する度に絶望した。もう1時間は経っただろうと思うのだが、いつも10分くらいしか経っていなかった。

 存在を忘れられたらいいのにと願い、いろんなことを試した。存在を意識しなくなれば、仕事をしているのは自分ではなくなり、苦痛を感じなくなると思った。まず駐車場の出口に立っているのは自分ではないと信じ込もうとした。見ている映像は錯覚に過ぎないと。仕事をしているのはおそらく違う人物の足腰と膝だろうと。だが、どこかで疲れというものを感じてしまっていた。やはり自分という存在が仕事をしているからだろうか?いやいや、映画を見たって疲れるからそれと一緒だろう。そうやって俺は妄想をしながら、何度も現実を否定した。

 意識が巡り巡って、脳に錯覚が起こりかけるところでいつも車がやって来た。「あともう少しだったのに」そして、忘れかけていた自分という存在を再認識するのだった。車を適当に誘導する俺。車は危うく交差点から左折してきたバスとぶつかりそうになった。それをみて俺は笑った。ダメだ、俺は感情を抱いてしまっている。やはり俺は仕事をしていた。ああ残念だ。誘導された車のドライバーは窓を開けて何か怒鳴り散らしてきた。中指を立てて睨み返した。

つづく

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