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見えない花束

▶池袋、16時30分
 「走っている車からは、葉から滴る雫は見えないでしょう?」
 ラジオから流れてきたこのフレーズで、当時大学生の私は救われていた。歩みがゆっくりだからこそ、立ち止まる回数が多いからこそ、気付けることも多いのだと知った。

 季節は巡り、社会人として日々を重ねるうちに、感受性の強さがもたらす負の側面を実感するようになった。咀嚼しなければいけない情報量の多さや、大小さまざまな泡沫の憂いが、私を立ち止まらせる。「気質は治そうとするものではなく、上手く付き合っていくものである」と頭で理解していても、実際はそんな簡単に上手くいかない。

(どこかに置いていきたい、感受性。)
 ふと、そう思ってしまうときもある。

 「『感受性が豊か』の対義語って、何だと思いますか?」
 ここ数日の出来事を聞いていた相手が、静かに私に問いかけた。一緒に対義語を出し合ってみると、無頓着、無機質、愚鈍…など、どちらかというとマイナスな意味合いをもつ単語ばかり出てきて、それらと比較すると『感受性が豊か』も悪くないのではないかと思えた。あるものについて考えるとき、その正反対にあるものを思い浮かべて比較してみるというのは、ライフハックだった。

 心の底に浮かび上がる言葉を口に出すときは、決まって上手く出力ができない。朴訥とした話し方でお互いが言葉を交わす間に、指先は熟した柿色を帯びる。自分が涙ぐむと、相手も涙ぐませてしまうのだと気付き、真剣に斜め上を見つめた。

 帰宅後、スマホが光ってLINEの通知に気付く。「言葉に出したら何故か私が泣いてしまいそうだったので」からメッセージが始まる、温かい言葉の花束を貰って号泣した。つらく苦しいときに立ち返るための、心の栞にしようと誓った。

 本当は、やろうと思えばセルフネイルを施すことができる。それでも、ちゃんと会って話がしたくて、今日も私は池袋駅の改札を通過する。

▶新横浜、23時59分
 初めて来た横浜アリーナでは、音響・照明設備の豪華さに目を奪われていた。分からない曲が演奏されているとき、正面ステージに向かって一直線に伸びる強い光や、壁面を漂う丸い光を眺めていた。でも、どんな光の演出よりも、観客がスマホのライトを揺らす応援の方が綺麗だと感じた。仕事帰りの電車の車窓から見える、住宅1戸1戸に宿る灯りのように、人がそこに生きていることで1つひとつの光が生まれて命みたいに美しかった。

 ライブ終了後、観客はそれぞれの帰路に就く。キャッチのお姉さんに身を任せて、ふらりと居酒屋に入った(たしか本当に「ふらり」という店名の居酒屋だった気がする)。そのバンドの楽曲が店内BGMとして頻りに流れ、ファンの集いであろう人々の打ち上げで、店内は大盛況だった。

 混雑した居酒屋あるある「ほかの卓に負けないように声量を上げて話す」を励行して、私たちはいろんな会話をした。「自分が思う自分」よりも「身近な他者に映る自分」の方が正確だと私は考えている。自分のことを長いこと見守ってくれている人は、信頼が置ける。

 「○○ちゃんは、マイノリティーだよね」
 「だよねぇ」
 「だから好きなんだよ」

 その間髪の入れなさに、思わず笑ってしまった。ライブの直前に訪れた横浜中華街の占い師さんの手相診断どおり、博愛な人だと思った。誰かの言葉で、今日も私は救われてしまった。

 信号が、赤色から青色に変わったことなんて誰も気付かない横断歩道を渡る。まもなく、今日から明日へ日付が変わる。人並み以上に長期記憶が苦手な私は、今日のこともいつか忘れてしまうのだろうか。ささやかな抵抗として、ここに書き留めておく。


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光で描く画、照片

 これは、完全に予感の話であるが、恵比寿で過ごす半年間のことは、きっとこの先も覚えているのだと思う。

 10月は、写真を学ぶために学校に通い始めた。学校といえども、いわゆる趣味を楽しむ「カルチャー教室」ではなく、社会人のための「キャリアカレッジ」である。カメラの構造や基本動作、撮影技術に加え、スタジオワークやデジタル編集等、コマーシャルフォトグラファーに必須の基礎技術・知識を習得するコースに週末通っている。

 少し前まで、私はいつかは執筆の道で生きていきたいと考えていて、写真はあくまで副次的な存在という認識でいた。しかしながら、作品に対する感想をいただく機会が徐々に増えていく中で、文章と同等かそれ以上に写真の方を評価いただけていることに気付いた。そんなある日、

「スタジオに入るとかは、選択肢として無いんですか?」

と聞いてくださった方がいて、一瞬たりとも考えたことが無い選択肢だったので、本当に驚いた。今の自分にそんな実力は無いです、と反射的に返答したが、もし少しでも可能性があるのなら懸けてみたいと思った。独学には限界があると実感していたことと、将来に繋がる師匠や同志との関係性が欲しかったことが、入学の決定打となった。

 講義に参加するにあたり、一眼レフカメラの準備が必要だったので、推奨されていたCanonのEOS RPを調達した。

 長年、畏れ多いと思い遠ざけてきた一眼レフカメラが自宅に到着して約1週間、私は緊張してその箱を開けることができなかった(そのせいで必然的に10月は撮影枚数が少なくなってしまった)。これまでオートモードに任せていた部分も、講義ではマニュアルモードできちんと自分自身で調節しなければならず、もっと早く試運転を始めれば良かったと後悔した。

2階の窓全開で涼しい風を浴びながら
優しいお味のパッタイを食べる
(西荻窪・ハンサム食堂)
ずっと気になっていた額縁専門店
額縁のサンプルやパーツが並ぶ宝箱
(西荻窪・Atmosphere)

 新しい靴を履くと必ず靴擦れを起こすように、何かを始めると上手くいかないことは多い。道具と自分の身体が一体化する、あの感覚を早く会得したい。


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 年始から開始した今月のプレイリスト企画は、年内で終了しようと考えている。来年からこの枠で新たに始めたい別の企画があるので、毎月のプレイリスト作りはあと2回となる。

 いま流行っている「私を構成する42枚」を考えてみたので、今回はそちらについて言及したい。

私を構成する42枚(2023)

 「あの時、この曲を聴いてたな〜」と記憶を掘り起こしながら、30分程で選定することができた。非常に抽象的な表現になるが、とても「自分だな」と納得のいく42枚が並べられた気がする。

 同世代であれば皆が同時期に聴いていたであろうアルバムもあれば、たった1人で掘り出してきたアルバムもあり、この混雑している様がとても自分らしいなと思う。

 中央に並ぶミスチルを眺めて、「私の中心には、ミスチルがいるのだな」と気付いた。絶え間なく聴いていたわけではないものの、まるでバイオリズムのように、小・中・高・大・社会人それぞれのフェーズにおいて必ず聴き浸る時期があった。 

「渇いたKiss」が個人的に不動の1位で、「Another Story」「つよがり」も大好きだ。この辺りが同じく好きな方とは、もれなく話が合う気がする。

 1枚1枚、語りたいことがある。
 もしも気になる1枚があれば、今度一緒に遊んだときにでも語りましょう。


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