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海の向こう側の街 Ep.23<フリーマントルの名画座>

 日本にいた頃から、ずっと映画館で観たかった映画がついに公開された。
『タイタニック』だ。ただ、ここはオーストラリアなので、いつから公開されたのかというのがリアルタイムでは判りにくい。
街に張り出している広告から「そろそろなんだなぁ」って判る程度。
日本のように、脅迫じみたぐらいのTVCMなんかもない。(少なくとも当時は)
もちろん、英語圏なので日本語字幕は一切無いものの、この映画だけはどうしても映画館の大迫力の画面とサウンドで見たかった映画だった。加えて、そもそも外国の映画館に一度入ってみたかったこともあり、フリーマントルのちょっと小さな映画館「HOYTS」に一人、足を運ぶ事にした。
パースシティにまで足を運ぶと、もっと大きめの映画館があるのだが、家から近いことと、小さいので入りやすかったので、フリーマントルの「HOYTS」を選んだ。
 日本では宣伝どころか内容の噂すら聞いた事の無い、オーストラリアならではの新作映画のポスターを文字通りマジマジと眺めながら、チケット売り場に向かった。
(日本では、日本で売れそうな映画を配給会社が上映権を購入し、時には日本でヒットしそうな時期までずらして上映する。また、映画上映は行わないがソフト化権は押さえておき、劇場公開はないけどソフトなら有るよって作品も沢山あるので、ここ英語圏で上映されている映画の全てが日本に入ってきているわけではない。そのため、映画好きな僕としては、なかなかレアな映画ポスターが並んでいたりする。)
 恐らく『タイタニック』は、日本だと公開してすぐなんて立ち見覚悟(この頃はまだ「立ち見」があった時代)の作品だったので、チケットを買う前に客の入り具合を聞いておいた方が無難だろうなと僕は思った。
僕は、チケット販売受付カウンターの受付の女性に思い切って「タイタニックは座って見れるか」と訪ねてみることにした。
「TITANIC is full ?」これが当時、僕の英語の限界だった。
受付の女性に尋ねたが、もちろん全く通じなかった。
「TITANIC is...what ?」と、むしろ彼女は僕に聞き返してくる。
隣りにいたもう一人の受付の女性と相談しているが、皆目見当がついていないのは、そのやり取りを見ていて判った。
『全く通じていない』
空港の時の悲劇再来だ。
少しずつ少しずつ焦り始め、振り返ってもまだ列は出来ていない。
何度も「TITANIC is full ?」と言っても、肝心な「FULL」が通じない!
このままでは、受付のお姉さんも困惑していて埒が明かないので、僕は思い切ってスペルで「エフ、ユー、エル、エル」と言ってみた。
すると、彼女たちは大笑いして「No problem.」と言った。
「私は「Fool(馬鹿)」に聞こえて混乱したわ」と、彼女は笑いながら外国人特有のボディランゲージを交えながら言った。
彼女たちは一息つくと「どうぞ、次の上映からは混むけど、今からの上映分は余裕で座れるわよ」と、やはりボディランゲージ付きで僕に言った。(この時の英語は、節々に知っている単語が入っていたことと、比較的ゆっくりと判りやすく英語を話してくれたので、なんとか聞き取ることが出来た)
 飾ってあった大きな時計に目をやると、この映画は三時間超えの長尺だ。今から、ちょっとしてから上映が始まると……。
『そうか。次の上映は、殆どの人が仕事が終わって丁度ここに到着するころで、金曜日の仕事帰りだからどっと混むのか!』と、彼女のその言葉を聞いて初めて理屈が判ったと同時に、今までのサラリーマン生活とはうって変わって、自分の曜日感覚の無さにも気がついた。
あぁ、曜日感覚さえ失うなんて、なんて情けないんだろう。
「ねぇ、ところで、今チケット買うの?」と、彼女は僕に聞いてきた。
「Yes、adult one please.」と答える。
「Adult ?」と、明らかに僕より年下の彼女は僕に聞き返えした。
「Yes, I'm 25.」と僕は言った。
どうもアジア人は若く見えるという噂は本当らしく、僕の年齢を聞いて驚いた彼女は、とても驚いた仕草を見せ「あなたなら学生でも通じるわよ」と言いながらチケットを渡し、僕はお金を払った。
「そりゃそうだ、まさか二十五歳の人間はこの時間は仕事をしていて、こんな時間に映画にくる奴の方が珍しいってのもあるしな」と、ちょっと屈折した自己嫌悪に陥りながら、目の前の上映時間が表示してあるパネルに目をやった。
上映時間までしばらく時間があったので、一度一階に降りて向かいのホットドック屋でホットドックとバニラコークを買い、あらかじめ胃袋を満たしておくことにした。
一通り平らげると、上映二十分前ぐらいになり、劇場に戻って椅子に座って、たまたま隣に座っていた若い親子が日本のプリクラで遊んでいる姿をぼんやりと眺めながら、入場時間を待った。
時間になり、入場時間となった。当時の日本とは違って、今の映画館に近い。
当時の日本はチケットを買い、入場はいつでもよかった。もちろん上映中でもOKで、ネタバレなんて気にしないワイルドな人は「パルプ・フィクション」的に入って、見たところから再び見たところになったら帰っても良かった。なんならもう一回続けて観ても良かったし、座席は指定席(有料)以外は早いもの勝ちとなる。
しかし、オーストラリアは一九九七年の時代から、現在の日本のシネコンスタイルでチケットを買った後、入場時間となるまで待つ。入場になると、劇場のドアの前で初めてチケットをもぎられ、晴れてきまった劇場に入場可能となった。(但し、座席指定は無いので座る席は早いもの勝ちだが……)
今の日本では当たり前だが、一九九七年の日本式に慣れ親しんで来た僕には、これはもの凄いカルチャーショックだった。
つまり、日本では映画館そのものに入る時にチケットを切られ、そのあとフリーになるが、オーストラリアではチケットを買わなくとも映画館のポップコーン売り場や次回上映のチラシ等を手に入れる事ができ、肝心な劇場の中に入る為にチケットが必要になるのだ。これに座席指定が付けばまさに今の日本と全く同じだ。
ただ時折、入口でもぎりの人が一人も居らず、折角買ったチケットに何一つ傷つかず入場できた事もたびたびあった。大らかと言うか、ずさんと言うか、大雑把と言うか、その時はとりあえず驚かずにはいられなかった。
 料金はまちまちだが、大体当時は十一ドル前後で、日本の「映画の日」のように月一ではなく、平日だが毎週火曜日は全ての映画館が七ドルになる。(最近、日本も◯◯◯◯デーと言って、割引日も昔と比べ随分と増えた)
僕は多くの外国人に紛れ(僕が外国人なのだが)、違和感と不安感が入り混じりながら劇場に入り、程よい椅子を見つけ、さっさと座り込んだ。
この『タイタニック』なら、後から「どどど~っ」と客の波がくるはずだと、チケット売りの女の子の話を疑っていたが、結局、その後二~三人しかこず、上映開始時に周りを眺めると半分とちょっとぐらいしか席は埋まっていなかった。
(チケット売り場の受付の女の子の読みは正しかった!)
床には日本とは異なり、かなり分厚い絨毯が敷いてあり、ゴミ一つ落ちていなかった。
いざ上映が始まると『全て英語のみ』だが『観てたら全部わかる簡単な内容』だったので、困ることは一切なかった。それどころか、全部一語一句聞き取れたんじゃないかと錯覚するほど、内容をしっかりと理解できていた。
いやぁ、そういった点でも『なんとも判りやすい内容の映画』だった。
迫力は物凄く、船が沈没していくシーンは全員息を呑んで観ていたし、おばあちゃんが最後宝石を隠し持っていたシーンは「Oh〜!!」と、全員が声を出して唸っていた。ただ一点、沈む船に負けじと勇気を与えるため演奏し続ける楽団のシーンは、なぜか爆笑の渦だった。
上映が終わり、亡くなったおばあさんがタイタニック号のみんなと、そしてジャックと再会するシーンで涙ぐんでいたら、これまた若い兄ちゃんに「見ろよ泣いてるぜ〜」とからかわれる始末。
映画を観ていて、観客が一体になって感情を露わにする観賞には驚いたが、少々日本人(少なくとも僕とは)の感情と、ちょっとチャンネルがズレているように思えた。ともあれ、あっという間の百九十四分だった。実に面白かった!
そして、映画の上映が終わった時には、大きなごみ袋を持った店員が出入り口に立ち、持って入ったポップコーンやジュースのごみを退出時にその袋に入れ、必ずと言って良いほど「Thank you.」と言ってから、みんな退出していた。
(きれいに食べ、きれいにジュースを飲み、誰一人と床に溢したりしていない)
 きちんと決められたマナーを、きちんと守っている姿を見て「あぁ、こういう部分が、よく海外生活の長かった芸能人やなんかの評論家が、よく日本のテレビで言っている海外の優れた点なんだな」と判った。
(どうして、日本では必ずどっかの誰かが派手に溢すのだろう? 仕込みか?)
日本のように、掃除のおばさん一人が苦労して掃除してくれても全く追いつかず、誰かがこぼしたジュースが固まりかけてあり、ぐちゃぐちゃになったポップコーンとジュースを避けて通り、その犯人はそそくさと姿を消しているなんてことは、絶対に有り得ないだろうと感心した。
僕は、この『タイタニック』を皮切りに、実に沢山の映画を観に行くために、この快適な劇場に何度も足を運んだ。
『Alien: Resurrection(エイリアン4)』『アルマゲドン』『スライディング・ドア』『GODZILLA(ローランド・エメリッヒ版)』『ディープインパクト』『シティ・オブ・エンジェル』と、英語がわからないのに結構見た方だと思う。
また、タイタニックの主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」は、ヒットはしていたが、日本のように社会現象を起こすほど『タイタニックブーム』ってものでもなかった。
『タイタニック』を見た後、次回半額券をもらえたので、翌週にタカに渡して一緒に観に行ったけど、やはりオーストラリアではそれほど混んでいなかった。
結果、僕は二回劇場で観た映画になったが、後悔はなかった。
やはりよく出来ていた映画だし、なにより「判りやすい内容」っていうのが良かった。
もちろん、息を呑む大迫力の沈んでいくシーンは凄いし、どこをとっても良くて、とてもよく出来た映画だった。

 複数の映画を上映している劇場は(大体はそうだが)、入り口のドアの上に電光掲示版でタイトルが表示してあり、一目で何を上映しているか容易に解る。
また、五ドル映画館というのもあり、一つ前の映画を上映していたりする。
(日本にも、ちょっと繁華街の外れにそういう映画館があるよね?)
もちろん、そんな映画館も掃除が行き届いており、家でビデオで見るより十分価値のある状態で楽しめる。
どの映画館もパンフレット(プログラム)は無く、あれは日本独特の文化なのだろう。映画の関連グッズなんていうのも、全く売っていなかった。ただ、玩具にしやすそうな『GODZILLA』とか『スターウォーズ関連』はトイザらスで売っていたりするが、日本の「あの感覚」でグッズは売っていなかった。
パンフレット(プログラム)も、中身を日本のワイドショー枠でメイキングやインタビュー等をやっており、日頃からハリウッドスターや映画の裏話などを取り上げているから、パンフレット(プログラム)自体が必要ない状態なのだ。
日本の芸能人とハリウッドスターとで棲み分けをしているというか、全くの別物扱いをしている、日本ならではの文化だと思う。(映画館のグッズ含めて)もちろんそれは、言語、文化など、国の違いが大きなネックとなっているのだろう。
 逆に返せば、オーストラリアにはバラエティ番組などはさほどなく、オーストラリア独自の芸能人が日本ほどしっかりと確立されていない為、TV番組はいたってつまらないものが多かった。
話を映画に戻すが、もちろんオーストラリアにも「先行ロードショー」があり、特にオーストラリア人俳優の作品は先行で少し早くに上映されるが、その他の超有名作品などは、案外日本と上映時期はそれほど変わらないみたいだった。ただ、日本語字幕を付ける手間がないにもかかわらず『プライベート・ライアン』など、大ヒット確実な映画でも、なぜか日本より遅く上映される。
また、ヒットする映画が日本とは全く異なる。
レオナルド・ディカプリオは「タイタニック」ではなく「ロミオ&ジュリエット」で大人気だったり、かと思えばイギリスのコメディドラマ「Mr.BEEN」が、日本よりも大当たりした。(あっちこっちにクマのグッズが販売されていた)
そして、なにより「スターウォーズ・シリーズ」の人気は根強く、当時『1〜3』も『7〜9』も上映されていなかったが、トイザらスに行けばライトセイバーはもちろん「スターウォーズ・モノポリー」までが、バリバリ人気商品だった。
「スターウォーズ」の人気の凄さは、本当に全世界に渡っていた。

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