見出し画像

海の向こう側の街 Ep.02<初めての外国>

 関西国際空港から香港までは、三時間程度だ。それでも僕にとっては十分過ぎるほど長い時間だったし、高校の修学旅行以降は一度も乗ったことのない飛行機の中で色々と思いを馳せるものが多くあって、程よく楽しいひとときだった。しかし、次に乗る飛行機は約八時間近くも狭い(どちらかというと)機内で、基本的にはずっと同じ座席に座り続けなければならない。この一定の閉鎖空間の中で長時間拘束されるのは、これまで一度も体験したことがなかった。僕にはそれが一体どんなものなのか想像できなかった。同時に、僕はどうしようもない孤独と不安に襲われていた。次に搭乗するパース行きの飛行機が運悪く墜落したら、友人や親を残してこの世から消えさり、僕一人だけが死んでいくんじゃないかと考えると、高校の修学旅行で乗った飛行機はどれほど気楽なものだったか身を持って痛感した。大勢の同級生と他愛も無い会話で気は紛れていたし、搭乗している飛行機が墜落するなんてこれっぽっちも思い浮かばせなかった。かなりうるさい乗客の集団だったんだろうなと今になって考えると理解できるが、その当時には不安や孤独感なんてものは微塵も感じず「静かにして座る」ということすら頭の片隅にすら置けなかった。
 僕は『空港特急ラピートα』に乗っていた時に、初めての機内食や機内で見る最新映画など、パース行きの機内で楽しみにしていた明るい事柄の全てが着陸に向けて下がっていく飛行機の高度と比例して、気分が滅入っていくのがわかった。

 「飛行機から洗濯物が見える」「世界で一番離着陸の難しい空港」とテレビ番組で色々と取り上げられていた『香港国際空港(啓徳空港)』に向かって、今まさに僕を乗せた飛行機はそのユニークな空港へ着陸しようとしている。幸いにも機内は空席が目立ち、僕の周りにほとんど人が居なくて、誰にも遠慮すること無く、まるで初めて電車に乗った幼い子供のように小さな窓にへばりつき、とても奇妙な風景に見入っている。テレビで取り上げられていたユニークさは、嘘偽りなくそのまんまだった。それは空港というよりも、どちらかというと大きな民家の空き地に着陸しているイメージに近かった。本当に機内の窓から干してある洗濯物もハッキリと見えたし、ベランダに設置されてあるエアコンの室外機や、なぜか狭苦しいベランダに居る犬の姿まで(室外機の隣に中型犬がへたり込み長い鼻と口を柵から出している)ハッキリと見えた。もうプライバシーとかそんな問題じゃないし、こんな所に住んでる人は電車の高架下なんて比較にならないくらいうるさいだろうし、振動も物凄いんだろうなと思いながら見入っている。僕はもちろん飛行機なんて操縦出来ないけど、周りは大きな公団住宅みたいな高い建物だらけだったから、きっととんでもない操縦技術が求められる空港だと容易に想像が出来た。飛行機の窓越しだけれども僕が初めてみる外国は、今年の一九九七年七月一日にイギリスから中華人民共和国へ返還されたばかりの『香港』だった。

 無事に飛行機が着陸しても、まだ驚かされ続けることになった。僕は関空から乗った時と同様に『パッセンジャー・ボーディング・ブリッジ』で飛行機から降りるものだとばっかり思っていたけど、この『香港国際空港(啓徳空港)』はそうではなかった。『パッセンジャー・ステップ』で飛行機を降りる形式で、『階段』が飛行機の出入口にしっかりと固定されている。(これを「沖止め」と言うそうだ)TVでよく見るビートルズや世界各国のトップの方が来日した時のニュースと同じスタイルだ。国内でも小さな空港や海外の空港でも未だに『パッセンジャー・ステップ』は現役バリバリだけど、当時の僕にとっては予想だにしなかった事だ。「これは物凄い有名人とか世界的にもトップの人だけが使用するものだ」と当時の僕は決めつけていたから。 当然現時点では『無職』のこんな僕も、ビートルズや世界各国のトップの人と同様に『パッセンジャー・ステップ』で飛行機から降りることになったのが、もう嬉しくてたまらなかった。機内の乗客が少なかったこともあって、折角だからビートルズをイメージして、下にいる全く誰かわからない何かの作業員に笑顔でゆっくりと手を振りながら降りてみることにした。「おぉ、なんか偉い人になった気分がするぞ」と思いながら、誰かわからない何かの作業員に向かってゆっくりと手を振りながら『パッセンジャー・ステップ』を降りていく。
 あまり手を振りすぎると変な奴と思われかねないので(既に思われていたのかもしれないけれど)自分なりに空気を読んで、程よい頃合いで何もなかったかのように手を降るのを止めてごく普通にスタスタと階段を降りた。何かの作業員は自分の後ろの人に手を振っていて、その人とコンタクトが取れたんだなという顔をしていた。もちろん、そんな人は存在せず、何かの作業員の後ろに立っていた人は自分の仕事に戻ったのか、既にその場には居なかった。僕個人としては面白かったが、どこかちょっと何かの作業員に対して少し悪いことをしたような気分になった。
「あまり、調子に乗るのは程々にしておこう」と自分を戒める。
 さて、僕の立っている所の周りを見渡したところ、さっき乗っていた飛行機以外何もなかった。そそくさと『パッセンジャー・ステップ』も車でどこかに運ばれ、僕の周りには本当に何もなかった。
「初めての外国で、調子に乗って混乱しているんだ、落ち着いてよく考えてみよう」と、これまでの流れを冷静に俯瞰するように思い出すことにした。
 飛行機が空港に着陸して、扉が開いて、階段を降りた、それだけだ。
ということは、僕は今『滑走路』の上に立っている。
厳密には『滑走路みたいな所』だ。
今のところ、後にも先にも『滑走路みたいな所』に立った唯一貴重な瞬間だった。『滑走路みたいな所』に立つ事が出来るのは、航空会社に務め、その中でもそこで作業する必要がある業務に携わっている人しか基本的には立てない。そう考えると混乱と興奮が入り混じっている今の貴重な経験を噛み締めていると、目の前に「ランプバス」が現れた。映画『スピード』で出てきた、あの「ランプバス」だ。恐らく別車種だと思うのだが、混乱と興奮が入り混じっている僕には「映画と全く同じ車種」にしか見えなかった。もう、何もかもが初めて尽くしの『初めての外国』で完全に舞い上がっていた。言い訳ではないけれど兎に角、僕にとって全てがとんでもなく刺激的だった。僕たち乗客を迎える為にすぐ近くに停車した「ランプバス」に、僕たちは案内されるがまま素直に乗り込んだ。漸くの間は『滑走路みたいな所』を「ランプバス」は走り続け『香港国際空港(啓徳空港)』の「ターミナルビル」に向かっていた。
 「旧式」「古めかしい」といった一言で済ませるのは簡単なのだが、僕はこの時『関西国際空港』のように、全てがフラットでシームレスになっており、空港を利用する側の「人に合わせた設計の空港」ではなく『香港国際空港(啓徳空港)』はあくまでも「乗り物」として扱われている「飛行機に合わせた設計の空港」だと理解した。どんなものでも、一長一短があるというが「空港」にも一長一短があることを知り、ありとあらゆること全て「何事も奥が深い」ことを知った。些細でつまらないことかもしれないが、一人で日本を出て外国に行って学ぶことがどんなものでどんな大きさであれ、こうやって見て、体験して知っていくものだと学んだ。
昨日までの僕は、文字通り『井の中の蛙大海を知らず』だったことを恥じた。やがて「ランプバス」が停車すると、バスのドアが開き「ターミナルビル」に到着した。「ターミナルビル」とは聞こえは良いが、子供の頃によく行った野外の市民プールの階段みたいに、所々朽ちている階段を上がってターミナルビルの少し重い扉を開けた。

 「今からどこにどう行けば、次のパース行きの搭乗口にたどり着けるのか判らない」と僕は、ターミナルビル内のかなり年季の入った無機質な鉄筋コンクリートで作られた廊下を歩きながら、頭の中はもう不安で一杯になっていた。
 ここは『香港』だ。だから、僕はもう既に『外国』にいて、これまで二十四年間慣れ親しんだ日本語圏ではない場所にいる。さて、これからどうしたものかと考えながら、同じ飛行機を出た乗客の後に続いて歩いていくと『検問所』に到着した。『セキュリティーチェック』ではない『検問所』だ。
初見で僕でも判るくらい『セキュリティーチェック』といった上品なものではなく『検問所』だとわかった。そこでは基本的人権は軽視されるいう独特の異質な空気を醸し出していた。その『検問所』の中にはもちろん、一人ずつ中へ入って行かなければいけないのだが、気がつけば僕は一番手になっていた。
関空のように、先進的なテクノロジーを駆使しているであろうゲートを通って、検知すべきものがあるとブザーが鳴ってそれを映し出すディスプレイがあり、もちろんそれらは録画されており、ディスプレイを監視するための検査員がキチンと配置されているという規律正しく、且つスマートなものとは大きくかけ離れていた。
 この空港の『検問所』は、二十五平米程度のスペースしかなく経年劣化が著しかった。近所の『古い保健所』に近い印象を持った。幼い頃に保健所で、なにかの予防接種をするために入った無機質な部屋を鮮明に思い出した。ただ、『古い保健所』と大きく異なるのは、部屋の中央にとってつけたような直径三十センチ程度の少し大きな『黄色いバケツ』が逆さまに置いてあることだった。その少し大きい『黄色いバケツ』の真ん中に、黒のビニールテープがグルリと巻かれており、それはなにを意味しているのか判らない『黄色いバケツ』だった。特に危険物という意味でもなさそうだが、その黒のビニールテープで、『黄色いバケツ』の存在感は大きく増していたのは確かだ。
「このバケツは何に使うのだろう?」と不思議に思っていると、日本の機動隊とはまた違った威圧感のある服装をした検査員が僕に、手荷物を出せというボディランゲージをした。
 僕は指示されるがまま、ポケットの中から全て取り出し、目の前に突然差し出されたカゴの中に、パスポートケース等を入れた。次に先程から存在感が溢れる、逆さまに置いてある奇妙な『黄色いバケツ』の上に乗れと指示をした。
「マジでこのバケツの上に乗るの? きっと何かの間違いでしょ?」と戸惑いを隠せないまま、僕はその場で躊躇していた。
 勘違いか本当に乗れと指示しているか確かめるために、逆さに置かれてある『黄色いバケツ』を指差して「本当にここに乗るの」という表情で僕に指示をした検査員に伺ってみた。すると、二人いた検査員は「そうだ、当たり前だ!」と言わんばかりの表情で力強く頷き、ハンディタイプの使い込まれた金属探知機らしきものを取り出し、僕に近づきつつ再度『黄色いバケツ』の上を指した。
「間違いない、その上に立つしかなさそうだ」と覚悟を決め、仕方なく『黄色いバケツ』の上に立った。近づいてきた検査員の二人は、それぞれ手に持った金属探知機を僕の身体に沿わせるように、映画で耳にしたことがある独特のノイズ音を立てながら、手慣れた感じで念入りにチェックをし始めた。首元、上半身、服の上からだったがズボンのポケットはもちろん、またを開かされ股間部分を強く握られて特に念入りに確認された。
しばらくすると、検査員の二人は先程の険しい顔付きとは打って変わり、なにやら笑顔で僕に話しかけてきていた。ただ、中国語だったなので彼らは僕に何を言っているのか判らなかった。ここは穏便に笑顔で頷いてくのが一番だと思い、なんとなく話に合わせて僕は何度か笑顔で頷いておいた。
当事者の僕自身でも判るくらい、途中からわりと雑な調べ方で、世間で言う『セキュリティーチェック』がこの『検問所』で終了した。一方、カゴの中に入れた手荷物検査も終了すると、一人の検査員がにこやかな笑顔で「さあ、荷物を持って出ていいよ」と僕にボディランゲージをした。結果的に『香港国際空港(啓徳空港)』でも思いの外、あっさりと通る事が出来、強く握られた股間に違和感を持ちながら手荷物を返してもらった。
 僕は手荷物をしまって『検問所』を抜けた。この部屋から出ると、やはり『古い保健所』で予防接種を打ち終わった時のような気分だった。

 僕が買ったパース行きのチケットは『関西国際空港』→『香港』→『パース』というもので梅田の格安チケットショップで手に入れた往復チケットだった。今になって改めて考えてみれば、よくそんなところで関空発パース行きのエアチケットを手に入れたものだなと我ながら感心するが(パース行きはマイナーな部類に入ると思う)、当時は「安く手に入ればそれで良い」という至極安直な発想でチケットを手に入れて満足していた。しかし、頭では理解しているが、外国での飛行機の乗り換えを僕はかなり甘く見積もっていた。日本国内の電車でさえ場所によっては、乗り換えでさえ悩む事があるにも関わらず、海外の空港で飛行機の乗り換えを締め切り時間以内に手続きも含めて全て完了させておかなくてはいけないのだ。
幸い『検問所』をわりとスムーズに通過出来たから良かったものの、次の飛行機の搭乗口に行くべきか、それともまだ他の手続きがあるのかと焦りつつ混乱し戸惑い、とうとう立ち止まって悩んでいた。看板等に何か次の手順が書いていないか自分の立っている通路を見回してみると、歩いてきた通路の後側から女性のキャビンアテンダントらしき人を発見した。よく見ると首から大きな看板を下げ、そこには大きな文字でこう書かれていた。
『日本語が話せます』
 またもや、渡りに船だ。なんというタイミングの良さだと自分で感心した。ともあれ、日本語が通じる相手とわかれば一気に気持ちが楽になるもので、早速、僕は彼女に声をかけてこれまでの経緯を話すと、偶然立ち止まっていたすぐそばに乗り換え搭乗ロビーがあることを教えてくれた(本当に五、六歩程度の距離だった)。しかし、案内された乗り換えロビーといっても、小中学校程度の廊下だったので、なまじ信じ難く二回ほどキャビンアテンダントの方に確認をとった。
「大丈夫です、ここであってますよ。今は出発までまだかなり時間がありますが、もう暫くすると海外の方が沢山こられるので安心してください」と彼女は気さくに笑いながら僕に言った。
「そうですか、ありがとうございます。何か気をつけておくこととかありますか、僕は全く英語が判らなくて・・・」と彼女に尋ねた。
「下手にあちこち動き回らずに、ここでじっと待つことをおすすめします。下手にウロウロしていると、変に怪しまれて質問をされると英語か中国語がわからないみたいですから、結果的に厄介なことになりかねないのであと三時間程度あるのでかなり退屈でしょうけど、我慢してここで動かずに待っていてください」と、これまでの経験からの生きたアドバイスを僕にくれた。
 僕は彼女に出来る限り丁寧にお礼を言うと、彼女は僕に一礼をして再び歩き始めた。
「日本語が話せまーす! 必要な方はお気軽にお声がけくださいっ!」と少し大きめの声を出して彼女は去っていった。
 キャビンアテンダントさんが教えてくれた通りに、僕はその場所を動かずにじっと辛抱強く飛行機を待つことにした。英語も中国語も話せない僕みたいな人間には、最高にありがたい存在なのだが、若い女性が『日本語が話せます』と書かれた大きな看板を首から下げて、空港内を一人で歩き回るというのは、なかなか勇気のいる仕事だろうな思った。当の本人はどういう気持ちなのかなんて、助けて頂いてそんな失礼な事を聞くことは当然出来るわけもなく、しかしながら幾分か彼女の心中に耳を傾けたかったのが本音だった。やっぱり恥ずかしい気持ちが四十%で、仕事だからと割り切っている方が六十%くらいなんだろうかとくだらないことを考えて時間を潰した。
この『香港国際空港(啓徳空港)』はもちろん国際空港なのだが、どうしても経年劣化が目立ち、加えてコンクリートの無機質な廊下の感じが冷たく、固く無駄に頑丈そうな窓の外を眺めると、そこには確かに沢山の飛行機が見え空港だということは理解できるのだが、どうも学校の廊下に立たされているような錯覚をしてしょうがなかった。(実際は廊下に座り込んで待っていた)キャビンアテンダントさんの説明通り、搭乗口側で残り四十分ほどになり、そろそろ退屈も限界かなと思ったその時、僕の目の前を大きな本物のマシンガンを抱えた二人の警備員が通りがかった。
「何か悪いことをして、逃げて走ったら殺すことも視野に入れて撃つ為に持っている銃だ」と、僕は心の底から畏怖の念を強く抱いた。
 日本の警察官ももちろん拳銃を持っているし、腰にしっかりとした分厚い革のホルスターに入っていて、言葉が通じず、言われなき誤解で僕がその銃で打たれることはまずないし、拳銃そのものは革のホルスターの中にしまわれていてその姿は見えないのも大きい。また、銀行の現金輸送車を警備する時でさえも、警棒とカラーボールだ。物凄い金額を積み込んでいるとは思うけど、そこには銃もマシンガンも存在しない。
しかし、僕の目の前の二人の警備員が持っているのは、使い込んだ感じのある大きなマシンガンだ。これも、絶対に日本では見ることのない光景だ。
ただ、どうしてか悪いことではないのだけど、僕は廊下であぐらをかいて座ることを止めてゆっくりと立ち上がった。さりげなくズボンについた砂埃を軽く払い、暫くその場の搭乗ロビーらしきところで立って乗り換える飛行機を待つ事にした。
きっとそのまま廊下に座っていても、そもそも彼らは学校の先生じゃないし、たったそれだけのことが原因となってマシンガンで蜂の巣にされるわけもないのに、三つ子の魂百までなのか「廊下で座っていたらきっと怒られる」と自然に考えて体が動いていた。幼い頃からの慣習は、いかなる状況下でも頭で考えるより早く必ず行動に出るものだった。それにしても、飛行機をただ待つだけということがこんなに怖くて、心臓に悪いものなのかと思いながら残りの時間を過ごすと、時刻通りに飛行機がゆっくりと当たり前に到着し、本当にこの廊下が搭乗ロビーだったことに驚いた。
 関空から乗った香港行きとは全く違い、乗客の数はとても多くしかも大半の人が欧米人(おそらくオーストラリア人)の中、僕はその中を紛れ込むように機内へ乗り込んだ。わりと大柄な体格の人が多く、先ほどの香港行きの飛行機と同サイズとは思うが、心なしか機内が少し狭くなったような感じをしながら、僕は自分の指定席を探し出していた。僕のシートは進行方向の左側の比較的前側の窓際のシートだった。早速シートに腰を下ろすと、僕の右隣の席にやってきたのは覚悟していた通り欧米人だった。この機内の割合的に、僕の隣の席が日本人どころか、アジア人ですらないだろうと思っていたので、ここはある程度結果は予想していた。右隣の欧米人の風貌は、映画『ジュラシック・パーク』『インディペンデンス・デイ』シリーズの『ジェフ・ゴールドブラム』似の男だった。最初のインパクトは本人かと思うほどそっくりだったが、ハリウッドスターがエコノミークラスに座るわけがないし、あんな凄いスターならきっと移動はプライベートジェット機だろう。
風貌が見慣れていたことから、妙な親近感が湧いたのだが、たった一つだけ『ジェフ・ゴールドブラム』に懸念していたことがあった。
「お願いだから、僕に話しかけないで欲しい」
 なぜなら、僕は英語が全く出来ないのだから・・・。
だから、お願いだから『ジェフ・ゴールドブラム』は「無口な紳士」であってくれと僕は心の底から強く願った。
その当時の僕は、欧米人は『ホーム』になると日本人と比べると圧倒的に気さくで、誰彼と気軽に話しかけてくる(相手がヤバそうな奴でなければ)というイメージを持っていたので、もし彼から気さくになにか話しかけられても、あいにく僕は何も返すことができない。
なにより、そもそも彼が英語で話しかけてきても、何を言っているか全くわからないので、先ほどの『検問所』と同様に「愛想笑い」のみで返すしかないのだ。その一本槍だ、それ以上は何も出来ない。
 今から約八時間、つまり平均睡眠時間とほぼ同じ時間を、全く英語が出来ない僕は隣の『ジェフ・ゴールドブラム』と一緒に過ごさなければならない。それだけの時間を隣同士で過ごすのだ。会話の一つくらいは当然あっても不思議でもなんでもない。寧ろ、あって普通なくらいだ。
かと言って、こちらがブスっと無愛想で感じが悪い人を醸し出していても、相手も良い気持ちがしない空の旅になる。それはお互いに損しか無いし英語ができないから話しかけないで欲しいというたったそれだけの理由で彼の空の旅を害したくない。なので、彼が隣りに座った時から頭の中で様々なパターンをあれこれと考えた結果、僕は「ほんの微弱な話し掛けてくるなよオーラ」を出しつつ、トイレに行く時には彼の前を必然的に通るので、その際に目があった場合は「笑顔は絶やさないように心がける」ことに決定した。
幸い『ジェフ・ゴールドブラム』は映画の通り、紳士でとても感じの良さそうな人だったし(もちろん全くの他人だ)、見た目も全く怖くはない。
僕は「自分の英語力が低すぎることから、彼の気分を少しでも害したら申し訳ないな」という懸念でいっぱいだった。
 機内の時計を見るとまだ、「一九九七年十一月十日」だった。
まだ、僕の夢はこれっぽっちも、始まってはいなかった。

この記事が参加している募集

率直に申し上げます。 もし、お金に余力がございましたら、遠慮なくこちらまで・・・。 ありがたく、キチンと無駄なく活動費に使わせて頂きます。 一つよしなに。