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フランスのバスツアーで知らない夫婦が置いてけぼりにされた話②

ポン・レヴェック(2回目)に向かう間、鈴木さんは私たちに事情を話し始めた。

2号車のガイドが人数を数え間違えたらしく、出発してから2人足りないことに気づいた。夫婦を1組先程の村に置いてきたとのこと。
なんで俺らが探しにいかなきゃいけないんだと怒るバスの運転手をなだめながら逆走しているということ。

最初こそ驚いたけれど、バスに乗せられてるだけの私たちは特にすることもないのでただ流れる景色と馬と牛を見ていた。
さっさと夫婦を拾って、またモンサンミッシェルに向かうだけだ。

ところがポン・レヴェックに着くと慌ただしく鈴木さんとフランス人のガイドが外に出て電話をしながら走り回っている。その時間が10分ほど続くと、また何かぶつぶつ言いながらバスが発車した。
夫婦のような人を連れてくる様子は無かった。

「えー、、みなさま、、先程のトイレ休憩の場所に戻ります。申し訳ありません。」

...どんどんモンサンミッシェルから遠ざかっている。


私たちは気づいた。
恐らく夫婦は村に置き去りと言っても、どこから、いつから居なくなったのか2号車のガイドにも分からないようだ。そして3号車の鈴木さんたちはそもそもバスが違うのだから夫婦の顔すらわからない。というか、夫婦がWi-Fiを持ってるのかすらわからないのだから、連絡もとれずこんな効率の悪い探し方になってる。

連絡ひとつも取ることのできない日本人夫婦を小さな村に置いていくなんて選択肢はない、ましてやバスツアーだし仕方ない、、
という空気の3号車の面々。
だがしかし、そもそも2号車の客なんだからなぜ2号車が拾いに行かないの??

単純な理由があった。
というか私とNの見解になるが、1号車と2号車はモンサンミッシェルで有名なオムレツを食べるというオプション付きだった。
3号車はオムレツ無しの放っとかれツアー。
1.2号車の人々はオムレツにお金を払ってしまってるわけだから、オムレツが準備される時間にはモンサンミッシェルに着かねばならない。
オムレツオムレツうるさいなって感じだが、オムレツの待っていない私たち3号車のメンバーにしか、夫婦を迎えに行く時間が許されないのだった。

バスの運転手が大きいため息と奇声を発した。
3号車のメンバーはそれを聞いてみんな笑っていた。3号車のメンバーが優しい人たちで本当に良かったと心の底から思う。通常1人くらい文句言う奴がいるのではないだろうか。

外に出たり、バスに戻ったり、電話をかけたり、日本語をしゃべったりフランス語を喋ったり、慌ただしかった鈴木さんが落ち着き、**バスが発車した。夫婦らしき人は乗ってこない。 **

「えーーーーとですね、、、夫婦が見つからないので」

えっ?夫婦は見つからなかった。

「夫婦のことは現地のツアースタッフに任せて、我々はモンサンミッシェルに向かいます。」

夫婦を置いてく選択肢があったらしい。
その手があったなら最初からそれで良かったのでは、、??

色々思うことはあったがとにかくやっとモンサンミッシェルに向かえる。すでに1時間半くらいの遅れが生じていた。

そこからだった。鈴木さんが本領を発揮しはじめたのは。

「えーとですね。3号車の皆様には本当に多大なる迷惑をおかけしました。皆様には!!なんっっっの落ち度もございません!本当に申し訳ありません。」

その口振りは政治家の演説のようで私たちは圧倒された。言うほど怒ってないし、てか夫婦はいいの?の気持ちが未だに勝っている中でめちゃくちゃ謝られた。

「このようなことになったのは全て2号車の連中と会社のせいです。もう一度申し上げます、皆様には、なんの落ち度もございません!」

客も含まれる2号車のことを連中って言っちゃった。

「このような目に合わせてしまった3号車の皆様には是非ともですね、会社からお金をぶん取ってですね、お詫びさせていただきます!」

日本人らしからぬ会社に対する過激な発言をしながら3号車の客全員にミネラルウォーターを配布し始めた。当初100円と言われて払ってしまっていた私はやや悔しい思いをしたが、すでに鈴木さんの暴走は止まらずほとんどのメンバーがタダで水を飲めることになった。

その後、一人ひとりに謝りながらモンサンミッシェルの入場チケット配布し、1000円ずつ徴収したあとようやく鈴木さんは静かになった。

と思ったら鈴木さんはまた電話に出て、しばらくすると、

「えーとですね、何度も何度も申し訳ありません、、会社からこのバスの皆様にはモンサンミッシェルのチケットをタダにしろという指示が出ましたのでですね、、早く言えと言う話なんですがですね、先ほどの1000円はお返しすることとなりました。申し訳ありません。」

なんともラッキーである。

会社の悪口を言いながら1000円を返された。
モンサンミッシェルにタダで入れる。夫婦には悪いがラッキー以外の言葉がない。

そしてそんなころにはようやくモンサンミッシェルが見えてきた。
鈴木さんは落ち着き、モンサンミッシェルの概要を話し始めた。さすがガイド、歴史もとてもわかりやすく、なぜ世界遺産なのか、基本情報もばっちり。ようやく着く。ワクワクだ。
「わからないことがあったらなんなりとお尋ねください。」とバスガイドらしい発言も久々に聞けた。

羊の大群を超えて、

モンサンミッシェルが見えて来た!

お腹がすいた私とNは、オムレツにまるで興味が無かった為、海が近いから海鮮が美味い、という鈴木さんの発言に胸を躍らせた。
バスを降りるタイミングで
「どこのお店が美味しいですか?」と聞くと、それは知らない、みたいなことを言われた。驚いたが、やはり鈴木さんは鈴木さんだった。笑えた。なんなりとお尋ねしたのにこのザマだったけど許せた。

美しいモンサンミッシェル。

海鮮食べれた。美味い!

過激な大天使ミカエル。愛しい。

やや駆け足気味にモンサンミッシェルの観光を終えた。
ツアーの予定は1時間遅れ。
パリに着くのも1時間ほど遅れるスケジュールになっていた。

帰路は特に予定の狂いもなく、順調だった。
その頃には夫婦のこともほぼ忘れていたが、鈴木さんはお詫びと言いながらモンサンミッシェルのお土産の定番のクッキー(可愛い缶に入ったやつ)を配られた。ラッキーでしかない。

凱旋門を通り、パリに帰ってきた。
21:30くらいだった。その時期の日の入りは21時とかだったので私とNはその時間にはいつもホテルにいて、夜のパリを見るのは初めてだった。

オペラ・ガルニエで解散予定だから、あと少し。1時間遅れのツアーの締めの挨拶をし始めた鈴木さん。今日一日、ありがとう鈴木さん。
明日にはパリを出て日本に帰るんだなあ。
少し寂しい。浴びるほど聞いた、えーとですね、がもはや愛しい。

「えーとですね、、エッフェル塔が22時から少しの間だけ輝きだすシャンパンフラッシュというものがありましてですね、、この時間だと運が良ければ見れるかもしれません。」

そんなものがあるんだ。エッフェル塔も初日に行ったし、ふーん、見れたらいいな、どんなんか知らんけど。という程度の気持ちだったが、ちょうどエッフェル塔がよく見える席だった。

ちょうど22時。すると、

見れた。

ラッキー過ぎる。

ただ光っているだけではなく、キラキラと点滅するエッフェル塔。フランスの芸術へのこだわりには何度も圧倒されたけど、最後にこんな景色が見れるなんて。
セーヌ川とともに輝くエッフェル塔を見れるなんて。

というかシャンパンフラッシュなんて知らなかったし。ツアーの予定にももはや組み込まれていなかったものが見れたのだ。

最初こそ夫婦を置いてくツアーに参加してしまった感があったが、夫婦が置いて行かれなければタダで水とクッキーをもらうことも、タダでモンサンミッシェルの中に入ることも、シャンパンフラッシュを見ることもできなかった。

最初から最後までラッキーでしかない。
夫婦、むしろありがとう。

「皆様には多大なるご迷惑をお掛けしましたが、偶然とはいえこのようなものをお見せすることが出来、少しでも喜んでいただけたのなら幸いでございます!本日は1日ありがとうございました!!!」

鈴木さんの締めの言葉だった。盛大な拍手が起きた。

結局あれやこれやあったものの、鈴木さんの存在はとても大きく、
大慌てなそぶりも見せながら大声で皮肉を言い、フランス語はペラペラなのに日本語は「えーとですね」に縛られているおじさん。

そんな鈴木さんがガイドでよかった。

結果、私とNの中では、この旅行で面白かったことNo. 1は鈴木さんとなった。
2度と会えないだろうし、夫婦を置いていかなければこんなに面白くなかったんだろうけど。
てか夫婦を村に置いてくって普通にマズくない??

「鈴木さんほんとに面白かったよね。私たちにしかわかんないのが辛いよね。そういえばあの夫婦あのあと大丈夫だったのかね。」

パリ旅行の思い出話をすると、必ず最後の言葉はこれになってしまうほどに、鈴木さんの存在は大きく、偉大で、変だった。

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