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経済制裁を受けるロシア側の心理を読めるのは同じ体験をもつ日本国民かもしれない(メタ視点)

経済封鎖は、敵国の個人を敵と位置づけ、飢餓を強要して降伏させる交戦手段ともいわれる。
90年前、隣国への侵攻により、英米による経済封鎖を受け、戦争に踏み切った国があった。そのとき、その国内で国民は経済封鎖をどう感じていたのか。

日本に対する国連での制裁措置


1931年、日本が中国(満州)に侵攻し、中国が国際連盟に提訴した。国際連盟の総会では、満州の主権は争う余地がなく日本が軍事行動をとったことは誤りとしたうえで、日本軍は鉄道地域まで撤退すべきと宣言された。
中国は、各国に、日本に対する輸出・金融援助の禁止と、自国への援助を求めた。当時、日本は国際連盟の理事国であり、国際連盟は、集団的な制裁を選ばず、加盟国が個別に日本に対する制裁措置を行うことを認めた。

日本に対するアメリカの経済封鎖

アメリカのフーバー大統領は、第一次世界大戦の経験をもとに「経済制裁」は、目標とされた国にとっては戦争を意味するとの認識をもっていた。
これに対し、ローズヴェルト大統領は、英国とともに、日本に対する経済封鎖を進めた。天然資源の少ない日本は英米市場に依存していたため、封鎖すれば戦争に至るという懸念も出されていたが、大統領は、日本が東南アジアの天然資源にアクセスする前の段階で行き詰まると考えていた。
1939年に戦争に不可欠な物資の日本への輸出を制限し、1941年、日本が天然資源の確保を視野にインドシナへに進駐すると、イギリス、オランダとともに対日資産の凍結と石油輸出の全面禁止を実施した。

経済封鎖に対する日本国内のメディアの反応

当時の日本国内で経済封鎖はどのように受け止められていたのか。

満州事変直後、大阪毎日新聞は、米国の感情的な経済封鎖により日本は損害を受けることになるかもしれないが、日本国民が主張を捨てることはないと書いている。当時の日本においては満州への侵攻は正義であった。

「しかしながら、感情の興奮のために行わるる如き外国の排斥的手段のために、我国民がその主張を棄てると、米国民が考えれば、それは余りに日本国民を知らないものである。日本国民は真剣である。しかして正義を守る上において国際的指弾を受ける何ものをも有しないのである。米国民自ら自国の歴史を顧みることも、この際、その感情を制する上に役立つべきはずである。」 大阪毎日新聞 1932.2.28 (昭和7)

その後の新聞でも、 「経済封鎖なんのその 大規模に起す精煉作業」(大阪毎日新聞 1932.2.23)などの記事が続く。また、『逆封鎖下苦悶の英米経済』(読売新聞1942.3.6)といった見出しで、経済封鎖を行ったことにより、逆に英米側が投資を失い苦境に陥っていることを因果応報として強調する記事も書かれている。

而してこの事変に戦前米英が策した対日経済封鎖陣の崩壊を意味するばかりでなく、いまや米英両国が日独伊枢軸国の逆封鎖下に喘えがねばならぬ因果応報の羽目に立ち至り、アジアに有した巨億の海外投資を失ったばかりでなく、軍需資材をはじめとする重要商品の輸入路を断たれ、その戦時経済の運営は極度に窮迫化しつつあるのである以下、米英両国経済が現在枢軸国側の逆封鎖下に如何に喘ぎつつあるかを一瞥することとしよう。

これらの記事を見ていると、ロシア国内における国営放送での経済制裁の説明やそれを見た国民の受け止めも、想像しやすい。情報が統制されている国においては、制裁を通して国民を苦しめれば国民が政府に対して動くと考えるのは楽観的すぎるかもしれない。

なお、当時の日本は、石油の8割をアメリカから輸入しており、備蓄で維持できる期間に限りがあった。そこで、石油禁輸を目前として、政府内で、石油の供給を絶たれて国力がジリ貧になる前に、対米開戦を決意すべきだという主戦論が勢いを増した。さらに、軍部は、満州からの撤退要請(満州は含める意図ではなかったともいわれる)を最後通牒と受け止め、交渉継続ではなくアメリカに対する開戦に臨んだ。満州に膨大な人的・物的資源を投入した以上、手ぶらで兵を引くわけにはいかなかった点も背景にあったといわれる。

資源の多いロシアは、当時の日本のように戦える資源が残っているうちに短期決戦しなければという焦燥にはかられていないはずである。ただ、膨大な人的・物的喪失を伴うウクライナ侵攻を行った以上、何もなしに手を引く訳にはいかないという背景は似ている。

また、太平洋戦争では、交渉を打ち切ってしまったことが開戦のきっかけになったことも忘れてはならない。国連であれ大使であれ、意見があわなくても席につかせ続けることは重要である。

ある国を「気が狂っている」との一言で片づければ、その先の行動は読めない。民主主義国でありつつ、そうでなかった時代も体験し、英語では読めない資料を読むことができる私達は、不透明な時代に他の国には得られない手がかりを手にしている。経済封鎖や情報統制を受ける側の心理を想像できる日本近代史は貴重である。

参考 
森永輔『歴史に学ぶ経済制裁、なぜ日中・日米戦争を止められなかったのか』
高橋文雄『経済封鎖から見た太平洋戦争開戦の経緯
森川央『太平洋戦争前の対日経済制裁について~歴史から対露制裁を考える』

神戸大学附属図書館 新聞記事文庫