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平成の名作、『クロノ・トリガー』はいかにしてヒップホップへ吸収されたか?

2010年を境に『クロノ・トリガー』がサンプリングされるようになった理由を改めてまとめる

SFCの名作、『クロノ・トリガー』(1995)が、ファミ通読者の選ぶ平成最高のゲーム第一位に選ばれました。

この手のランキングは直近の新作に偏りがちと思っていたんですが(現に2位と3位の作品は2017年発売のもの)、それらを抑えての1位ということで、日本のゲーマーにとって不朽の名作であることを再確認させられました。

ちなみに、ランキングや平成ゲーム史の振り返りは2019年4月25日発売のファミ通で読めるみたいです。マストチェック。(しかもKindle Unlimitedなら無料!)

そしてもう1つビッグニュースがあって、来たる7月10日には、『クロノ・トリガー』の映像付きサウンドトラックBlu-rayが発売されるということです。

平成最高の一本に選ばれ、ファン垂涎のサントラリリースも決まった2019年は、まさにクロノ・トリガーリバイバルの一年になるような気配です。

さて、実は2010年代以降、海外でも『クロノ・トリガー』の楽曲が注目されるケースが見受けられているのはご存知でしょうか。

僕が前に書いた話でも少し触れているのですが、2010年代に入ってから極端にサンプリングされ始めたゲームの1つに、『クロノ・トリガー』のサントラが挙げられます。

今回は上の記事をもう少し掘り下げ、アメリカのヒップホップ音楽の中でクロノ・トリガーがどう受容されてきたかに注目し、平成最高の一本がもたらした功績を振り返りましょう。

※一番下に要点をまとめているので、忙しい方はそちらをどうぞ。

「つよくてニューゲーム」を有名にした『クロノ・トリガー』

ナンバリングタイトルとなっていないだけに、『クロノ・トリガー』は「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」ほどのメジャー作品ではありません(一応、続編としては『クロノ・クロス』があるものの)。

ただキャラクターデザインを鳥山明が担当しているように、開発に携わったスタッフはドリームチームと言われ、今日でもその名前を轟かせるような錚々たるメンバーでした。

FFの生みの親と呼ばれる坂口博信や、ドラクエの生みの親である堀井雄二、そして音楽には光田康典に植松伸夫などなど、まさに日本のRPGの集大成と言えるような作品でした。

当時としては珍しいマルチエンディングの導入や、ネットミームでおなじみ「つよくてニューゲーム」をポピュラーにしたのも、クロノ・トリガーの功績と言えるでしょう。

特に後者に関しては、元ネタがクロノ・トリガーということを知らない人も多いのではでしょうか。能力値が上がった状態で一からゲームを楽しめるシステムはクロノ以前にもあったということですが、「つよくてニューゲーム」という言葉とともにこのシステムを有名にしたのは、このゲームの功績です。

国内外のクロノ・トリガー消費動向

クロノ・トリガーのストーリーやゲームそのものの評価については、それこそファミ通の特集号やその他のネットの記事に任せるとして、ここでは『クロノ・トリガー』というゲームがどれほどポップであったかに焦点を当ててみましょう。

新規タイトルでありながら、『クロノ・トリガー』は当時大ヒットを記録しました。本作品は1995年、SFC向けに販売され、続編の『クロノ・クロス』発売に合わせ、99年にはプレイステーションへの移植版も発売しています。

SFCとPS版合わせて236万本が出荷され、そのうち29万本が海外市場へと流通しました。(1)

また、その中の200万本に至っては発売からわずか数ヶ月で売り切れ(2)、1995年のベストセラーゲーム第3位にランクインしています。

1位に「ドラクエ6」、2位に「スーパードンキーコング2」を迎えての3位入りでしたが、新規タイトルが上記のような大作へこれだけ肉薄できたことからも、今作の名作ぶりがうかがえます(3)。

一方、海外の売り上げは日本ほどではなかったものの、複数回の移植版のリリースの中で、北米では安定したセールスを記録し続けました。2001年には『Final Fantasy Chronicles』として、FF4とセットになったパッケージで販売され、6週にわたってトップセールスを記録しています(4)。2003年にはソニーのグレイテスト・ヒッツラインに加えられ、ソロ出荷の偉業も達成しました。

2008年、ニンテンドーDS版の『クロノ・トリガー』が発売されましたが、こちらも日本では49万本、北米で24万本と、新作ゲーム並みのセールスを記録しています(5)。

『クロノ・トリガー』の移植ラッシュはDSにとどまらず、2011年にガラケー、およびスマホ向けの移植版も販売され、2018年にはSteamでも配信が開始しました。

世界的なゲーム機の影には、必ず『クロノ・トリガー』の姿があったことも、平成最高のゲームとして選ばれた要因かもしれません。

発売当初より国内外で高い評価を獲得していただけでなく、20年以上に渡り確実にセールスをたたき出し、多くの人の脳裏をよぎらせた販売戦略こそ、『クロノ・トリガー』を「名作」たらしめているのです。

『クロノ・トリガー』のサントラをサンプリングした楽曲

ひとまずゲーム史における『クロノ・トリガー』の話はここまでにしておいて、ここからはヒップホップの文脈で築き上げてきた、今作のもう一つの歴史について紐解いていきましょう。

以前書いた記事でも言及していますが、2010年以降、ヒップホップ音楽の中で90年代のビデオゲームをサンプリングする傾向が顕著になっていきます。

大ヒットを記録した特定のゲームが何度も参照され、人々の脳裏に焼き増しされていくこととなりました。

もちろん、『クロノ・トリガー』も例外ではありません。サンプリングが判明しているものだけで、2009年に2曲、2010年以降では15曲となっています。

独自にサンプリング表を作成したところ、全体の1割以上をこのゲームのサントラが占める結果となりました。

Wiz Kahalifaの”Never Been”(2010)やDom Kennedyの"Locals Only"(2010)、Hodgy Beatsの"Memorex CDs"(2010)、Logicの"Used to Hate It"(2012)など、当時若手だったラッパーを中心としてリリースされている点にも注目です。

各楽曲のプロデューサーは、上からSledgren、Ace Hashimoto、6ixとなっています。

いずれの人物も90年代に幼少期を過ごしており、彼らの作品やSNSから日本やゲーム、あるいは両方に対してアンテナを張っている様子が伺えます。

Ace Hashimotoの"Goldun Child"なんかは、かなり強烈な日本インスパイアを感じます。

前述のように、『クロノ・トリガー』はアメリカでもかなり売れたゲームであるため、特段のゲーム好きでなくともその存在を知っていた可能性はあります。

ただ、実際の作品の中に今作をサンプリングしてみようという発想に至るのは、相応に愛が深かったからということが、彼らの生活からうかがえるのではないでしょうか。

ゲーム音楽をサンプリングした楽曲制作は浮ついた遊びなどではなく、むしろアーティストの生活に密着した、現実味のある自己表現の一種であると言えます。

なぜ2010年以降だったのか?

最後に、『クロノ・トリガー』のサントラが2010年を境にサンプリングされ始めたのかについて、これまでの情報を整理しながら分析していきます。

1つは、楽曲制作者の年齢層です。『クロノ・トリガー』が初めて発売された90年代に幼少期を過ごしたラッパー、プロデューサーが大人になり、自分の頭の中にあった引き出しとして、当時のゲームのサントラを参照できるようになったことが大きいでしょう。

例えそのゲームを遊んだことはなくとも、家族や友達が遊んでいたり、ゲームショップで売られているのを見かけたことがあったりしてもおかしくはありません。

『クロノ・トリガー』は2008年、ニンテンドーDS版への移植版が発売され、再度店頭に並ぶことになりました。

ニンテンドーDSは世界で1億台以上を売り上げるモンスター級の携帯ゲーム機でしたから、昔を懐かしむ思いで手に取った人も多かったはずです。

2010年以降、『クロノ・トリガー』がサンプリングされるようになったのは、この時期に大人気ゲーム機で移植版が発売されたことが、トリガーとなっていた可能性も考えられます。

そして2010年に入ってクロノ・トリガーをサンプリングした楽曲を発表したラッパーが、Wiz Khalifaのようなビッグアーティストであったことも、大きく関係しているでしょう。

ネームバリューのあるラッパーは、発信力が段違いです。彼が『クロノ・トリガー』のサントラでラップしたことにより、他の多くのアーティストにも「じゃあ俺もやってみるか」と思わせたと推測できます。

あるいはむしろ、「あぁそういうゲームあったなぁ」とノスタルジックな気持ちにさせ、「自分も『クロノ・トリガー』で一曲作りたい」という気持ちにさせたのかもしれません。

いずれにしろ、『クロノ・トリガー』に限らずゲームミュージックがサンプリング音源として注目が集まるとき、有名なアーティストがそれを採用したかどうかが大きな分かれ目になっていると考えられます。

まとめ

要約すると、

①90年代に幼少期を過ごした世代がラップをする年齢になった。

②有名なラッパーがクロノ・トリガーをサンプリングしたことで、他のアーティストにインスパイアを与えた

③クロノ・トリガーがニンテンドーDSという、アメリカで大ヒットした携帯ゲーム機に移植された。

④そもそもクロノ・トリガーはポピュラーなゲーム機に度々移植され、その都度消費者のノスタルジーを呼び起こし、名作ゲームとして語り継がれるよう仕掛けられていた。

これらの理由から、『クロノ・トリガー』という「名作」はヒップホップの文脈でもリスペクトを集め、2010年代のノスタルジアの時代に合流していったと考えられます。

出典:

(1)"February 2, 2004 - February 4, 2004" (PDF). Square Enix. February 9, 2004. p. 27.

(2)"Chrono Trigger: A New Standard for RPGs". Nintendo Power. 73: &nbsp, 36. June 1995.

(3)ゲームランキング「累計販売本数ランキング 1995」2012年8月
http://gameranking.jp/ranking-sale/?0+1995

(4)RPGamer, Alex Wollenschlaeger「Final Fantasy Chronicles Tops Sales Charts Six Weeks in a Row 」2001年8月15日
https://web.archive.org/web/20050307181456/http://www.rpgamer.com/news/Q3-2001/081501d.html

(5)SQUARE ENIX「Results Briefing Session Fiscal Year ended March 31」2009年3月19日
https://www.webcitation.org/6aYXDkRc8?url=http://www.hd.square-enix.com/eng/pdf/news/20090525_01en.pdf


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