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制作日誌(音楽)|いもほりと魔法のような、

正直に言ってしまおう。私は、映像の音楽を作るのが苦手だ。

苦手な自覚を持ってこの制作チームに入った。ごめんね内緒にしてて。

映像のための音楽制作は、単に曲を作るのとは全く違う。
映像の尺やカメラワーク、脚本、作品の雰囲気、質感、監督の意図、音楽がその映像に対して担うべき役割など、さまざまな要素を鑑みた上で音をデザインしていかなければならない。
それが苦手だった。


それでもやりたいのはなんでなのかなぁ。


誰かと一緒に作品を作るのが好きだ。あと、私は多分人も好きだ。
自分の音楽が想像を少し超えて、例え小さくとも、自分1人では行けない場所に広がって、人に広がって、作品を彩る。
その楽しさに気付いたのはいつだったんだろうか。
音楽は1人でも作れてしまうけど、映画はそうじゃないのが良いなとも思った。


長編映画の音楽を作るのは怖かったけど、誰かや何かに寄り添った音楽を作りたかったし、そのための作曲が上手くなりたかった。
これは私にとって大きな挑戦だった。

さあ、どうなるだろうか。



これを書いている今は年を越して2023年、1月15日。
この制作チームに入ったのが去年の4月末、そこから8ヶ月以上が経った。
京都で撮影をしたのが8月下旬~9月。
私の1番の役割である音楽制作を始めたのは11月。
紆余曲折して、結局2ヶ月かかった。
8曲。合計約20分。
そうして作った曲のレコーディングをしたのが先週。1月6~7日。

濃密な日々だった。
いや、まだ映画は完成していないし上映会もこれからな訳で、こんな全部終わったみたいな言い方はおかしいのかもしれないけど、
私にとっての一番の仕事が終わった今、私には少し感慨に耽って「燃え尽き」を享受する時間が必要だ。

燃え尽きた私は、1月8日から数日、音楽を能動的に聴くことをやめていた。

それまではキャンバスの音楽のことばかり考えていて、曲を作っては消し、作曲の休憩に音楽を聴いて、映画を観て、また音を探す日々だった。
音楽に生活を費やし、睡眠も食事も忘れて、悩み苦しみ、でも音楽に救われて、音楽を作るような日々。それが終わった今、また作り始めるには少し自分の感覚を休める必要があって、音楽を聴かないようにしていた。

それくらい悩んだ。
音を探す時間は結局いつも1人で、自分との戦いの日々でもあった。

でも苦しいだけだった訳じゃない。
楽しかった。
11月13日の日記を見返すと、こう書いてある。

この映画について考える時間がとても好きだなと思う。
ずっと考えていたい。完成したら考えられなくなっちゃう、どうしよう、と思っている自分がいる。

ああ私は、本当にこの映画に関われてよかったと思う。
この2ヶ月のことを少し思い出したくなった。
少し、回想を。


11月

映画の顔である、最初と最後の曲をまず作ることにした。
最初の曲は本当にすんなり作れた。映像を観た時から音はふんわり頭に浮かんでいた。監督のつむにもドンピシャ。
つむ、作った曲を映像と合わせて観て何回も泣いていたらしい。
良い映像や脚本のおかげなのは前提だけど、自分の作った曲で誰かが泣く日が来るとは。

ああ、嬉しいなあ。すごく。

問題はラストシーンの曲。7分間セリフなし。7分間、音楽を鳴らす。
私にとって勝負の場面だ。

11月上旬に、制作メンバーにラストの曲の抽象的なイメージを言ってもらって全部書き留めた。その時のメモの一部にはこう書いてある。

「土」いもほりを素手で掘る。

なんとインパクトのある言葉。日本語も変だし。
言いたいことはなんとなーく分かったような気になったけど、いざ作曲を始めてみると、何が正解なのかさっぱり分からなくなった。この時のメモを見返しても、色んな音楽を聴き漁っても、試しに音を付けてみても、納得できない。

つむに聞かせて微妙な反応をもらい、どうしたら良いのか2人で頭をひねらせ、結局、2週間くらいかけて作ったものをほぼ全部ボツにした。


どう音を付けても陳腐な気がした。
間が持たない気がした。
どんな音を付けたら良いのかも分からないし、
どんな音が求められているのかも分からない。

プレッシャーで潰れそう。
私がこの映画を台無しにしてしまう。
それだけは嫌だ。

私に最初課されていた締め切りが、ここで無くなった。
ギリギリまで妥協しないで、私やつむやみんなが納得できるものを作らないと意味がない。

どうしたらいいか分からない。

でも、悩ませてくれることはとても贅沢だ。
考えている時間は、苦しくて楽しい。


12月

月頭に卒論と卒制を提出して、やっと少し解放された。
毎日なんやかんや忙しくしていたのだけど、今12月を振り返ってみると、パッと出てくる感想は
「キャンバスの音楽作って映画観ることしかしてなかったな。」

音楽と映画に浸って、何をしててもそのことばかり。



ラストの曲は一旦寝かせておいて、まず他の6曲を作ることにした。
事前に相談した曲のイメージを、私が音楽にして、デモ音源を聴いてもらって、修正、修正。
その間、つむに言われたこと。

「唐揚げのレモンみたいな音楽を目指してほしい」
「これバカ最高!」
「うーーーーん、音多い、もっと少なくていい」
「ここもう少し音がはやめに聞こえてほしい」
「知らなかった、映画制作ってこのタイミングで音楽に救われるんだ」
「うれしいね」「うん、うれしい」「うれしいなぁ。」


たくさんの音と言葉のやり取りの中で、『キャンバス』の音楽が形作られる。
映像に音楽を合わせること、敢えて合わせないこと、音の選び方、無音の作り方、それらを少しずつ擦り合わせていく。

なるほどこれは、作品との対話だ。

そして、付ける音一つで、タイミング一つで、作品の見え方はガラリと変わる。
何度も何度も対話を繰り返し、色んな音の可能性を考えながら、この映画にとっての「良い音楽」を探していく。

うん、いい感じに調子が出てきた。
じゃあそろそろ、というか、もう作り始めないとレコーディングに間に合わない。
7分のラストの音楽。


12月14日

ラストの曲に取り掛かる前、唐突につむからLINEがきた。

「なんかさ」
「ラストは、菜々子のつくるを1人語りしてしまってもいいような気がするんだよね」
「はると菜々子の対話のような」
「俺の好きな、菜々子の好きな音楽を、あそこに当ててもいいんじゃないかなあ」

これまでは、映像をそれこそ穴が空くほど観ながら、それにとにかく合うものを作る、そういうやり方をしてきた。
けど、つむのこのLINEが表しているのは、あの映像を知った上で、『キャンバス』のことを知った上で、映像に合うかどうかは一旦気にせず一度自由に作ってみて欲しいと、そういうことだった。

…..なるほどねえ、また難しいことを。
でも、このLINEを見て、パッと発想が飛ぶ。ふんわりと音が浮かぶ。
うん、一度ピアノだけで好きに作ってみるか。ピアノソロ入れたいかも。
この映画の音楽は、私が、つむが、みんなが好きじゃないと意味がないのだ。

ラストシーンの音楽を作るときは何故か、いつも心拍数が高い。
緊張?プレッシャー?カフェインの取りすぎ?
それとも、はるの気持ちが、映像に映り込んだ情動が、私にも流れ込んできてるのかな、とか思ったり。

音楽を作りながらパソコンと一緒に寝落ちして、その二度寝の最中に浮かんだフレーズでピアノソロを自由に作ってみて、試しに映像に当てはめてみて、

うん、いいんじゃない?
狙って映像と同期させた訳じゃないのに、ちゃんといい感じだぞ。

そうしてラストシーンの音楽制作は一歩前進する。


1月6日-7日
レコーディングの本当に直前ギリギリまで、私は曲を作って、譜面を作っていた。
そのおかげで奏者さんには迷惑をかけてしまったけど(ごめんなさい)、
妥協せずに、作れたと思う。

そして奏者さんたちの演奏は本当に素晴らしかった。
Instagramでつむが言っていたけれど、
作曲者と奏者の関係は、脚本家と役者の関係によく似ている。
というかほとんど一緒なんじゃないかと思う。

私の作った音楽が、奏者さんの演奏で、またひとつ遠くに飛んでいく。
私の意図を汲み取って音を出してくれているのが分かるから本当に嬉しい。
自分の曲を、良い曲かもしれないぞと思えるのが本当に嬉しい。
それは奏者さんたちのお陰なのだ。

『キャンバス』も、また一歩前進する。
そして、音楽家としての私の役割は一旦おしまい。



1月15日


私にしか作れない音楽は、作れたのだろうか。作れたと信じたい。
8ヶ月を制作メンバーと過ごし、共同生活をし、撮影期間を過ごし、たくさんの言葉を交わし、言葉が要らない時間も過ごし、音楽を、感性を共有し。
そんな大事なメンバーと大事な映画と、それから私自身のために、
丁寧に丁寧に作った音楽だ。

いやあ、ラストシーンの音楽が「いもほり」っぽいかは定かではないが、
改めて考えると、確かに素手で土を掘って、爪の間を黒くしながら、どこに埋まっているか分からない芋を探すような作曲の日々だった。


さて、とびきり美味しい芋は掘り当てられたでしょうか。

私は、この映画に、ちゃんと価値ある音楽を与えられたでしょうか。


いろんな人のとびきりの「つくる」が詰まったこの映画が、誰かに、遠くに届くように、祈りを込めて。

2023.1.15  ななこ



P.S.
冒頭で引用した、11月13日の日記。
「完成したら考えられなくなっちゃう」??
冗談じゃない。

音楽が完成しても『キャンバス』が完成しても、私はこの映画のことを考える。
そして、つむやゆうくん達とまた新たに作るであろう、作品のことも考えている。

撮影期間の独白も置いておくね


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