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「怖い」が空中分解して、私を覆いつくした。

 胸の少し下、おへその少し上がつっーと冷たくなって、心拍数が上がる。いつの間にか唇も口の中でさえ乾いて目を閉じてしまう。私はこれを「怖い」という言葉で表す。何かを前にして、何かを考えて、何かの状況に置かれて、私はこのおそらく「怖い」と呼ばれる感情を体験してきた。私は何に対して「怖い」と感じるだろう?どうして「怖い」と感じるのだろう?そもそも「怖い」とは何なのだろうか?
 今回はそんな身近な感情、「怖い」について対話をしました。

はじめに

 夕方、西日が照らして眩しそうな表情が、オンラインの画面にいくつか浮かび上がってくる。各々接続の確認をして、今週もまた、人と答えがなかなか見つからない「問い」と向かい合う時間が始まる。

 前回、「問い」をつかむ前に時間が終わってしまった反省を踏まえて、今回は最初に三つのテーマを一人が持ち込み、その三つのテーマから浮かび上がってきた問いを掬いあげました。

 前回の話はこちらからお読みいただけます。

テーマ

 「あ、じゃあ、今週は三つのテーマを持ってきたので、まずそれらについて説明します。」

 対話のルールや今回の進行方法について一通り説明を終え、早速テーマの発表に移る。
 三つのテーマを発表し、テーマを挙げたメンバーが理由を説明します。

怖いについて

「私は猫がすごく好きなんだけど、猫って犬に比べて野良が今でも多いし殺処分も多い。その理由が怖いからっていうのが感覚的にはよく聞くんだよね。でもさ、犬のほうが大きいし噛むのは犬も一緒じゃない?なんで、猫は怖いんだろう?って思って、「怖い」について聞いてみようと思いました。」

「いい子」と「悪い子」について

「大好きな絵本があるんです。サンタクロースについて詳しく書いてある絵本なんだけど、いい子にはサンタクロースが来るよってあるのね。悪い子の例も載ってるんだけど、いい子、悪い子って何だろう?って思って。」

境界線について

「割と私たちがこの対話を始めた理由にも近いんだけど、なんで私たちって誰かと誰かの間に境界線を引いてしまうんだろうって思って選びました。」

 これらのテーマと理由を聞いて、受け止めて、考える3分間が与えられた。そのあと、話してみたいテーマと理由、さらに気になったことを一人一人挙げていく。

問いだし

 「はい、では、話してみたいテーマと理由、もっと話してみたいことなど教えてください。」

「いいこと悪い子について話したいと思いました。理由は、私は割といい子として生きてきたんですけど、それは宿題をちゃんと出していたからかなって。だけど、私は全然いい子ではなくて、めちゃギリギリに宿題やってたし。」

 一人がそれに対して問い掛ける。

 「宿題をやるのがいい子のなの?例えば、誰かを助けていて宿題が出来ないのは悪い子なのかな?」
 「うん…?」

じっと沈黙。
あ、いい子ってなんだろう?
問いが一つ生まれた。

他には、「境界線とはなにか」「素直なのはいいことか」「他者と自分をグループ分けする定義や理由」、そして今回選ばれた「怖いとは何か」が上がりました。

「怖い」を話したいといった一人の意見をご紹介します。

「なんか、最近新しく怖いって思うことが少なくなって。だんだん大人になってきて全然わからないこととかが減って、怖かったものとかを自然に避けられるようになったから。例えば、陰口を言われるかもしれないのは怖いんだけど、気にしなければいい話だし。陰口を言われるのは不愉快だけど、知らなければ怖くない。」

 ちょっとまって、とファシリテーターが声をかける。
 「嫌なこと、不愉快なことは陰口を言われることで、陰口を言われていることを知ることが怖いこと?「嫌」と「怖い」は別物ってこと?」
 「えーっと、うん、違う。違うよね。」

対話

 問い出しのタイミングで、先ほどの人とは別の意見を話してくれた人がいました。

「私はかなりの怖がりなんだけど、知ってるから怖いっていうのと知らないから怖いっていう二つがあると思う。知ってるから怖いのは、悪口を言われていることを知ったときの気持ち。知らないから怖いのは、お化けとか。」

確かに、悪口が怖いのではなくて、悪口を言われた時の感情を知っていて、それがとても嫌なものだから、それが現実になってしまうことが怖い。

「私も将来が分からないから、怖い。けど、それは人生が長くて、まあそうそう簡単には行かないぞってわかってきたから、より分からない将来が怖い。それはどっちの怖い、何だろう?」

めっちゃわかる!と一人が飛び込んできた。

「私も人生とか、将来とかめっちゃ怖い。コロナとかも未知すぎて分かんなくって怖いんだよね。実態が掴めんくって。」

 あー、未知だったり、実態がつかめなかったり、そういうよく分からないものが怖いっていうのも分かるし、何かによって起こることがなんとなく想像できて、そのことを知ってるから怖いっていうのも確かにあるよなぁ。
 ぼんやりといろんなことを思い出す。嘘を吐いてしまったときのこと、心霊番組を見てる時のこと、夜寝る前に「あと、人生60年くらいあるのか…」と暗闇に何もかも投げ出したくなる時のこと。どれもこれも怖いなぁ。

「あ、いいですか?」
 ひとりが控えめに発言の意思を示す「挙手機能」を使って、アピールする。

「僕、怖いって何があるのかなって考えたときに、剥製が割と怖くて。あれって結構残酷な作られ方するじゃないですか、ほら、中だして綿詰めるみたいな。あと、目が怖くて。生きていたものなのに、ガラス玉が入ってるんですよ、それが不気味で。目って怖いじゃないですか、不気味で。人間でも、生きてる猫でもそうなんですけど。」

新しい言葉「不気味」
「不気味」と「怖い」は違うのか。これは聞かざるを得ない。

「違いますよ。違います。僕個人の感覚的には怖いっていうのは単純っていうか、不気味は怖いよりも複雑で…難しいんですけど、そんな感じ。」

じっとりとした空気。部屋の空気は変わっていないのに、重くなった気がした。 じー、と沈黙が続いて、考えている。怖い、と不気味。

「うーん、怖いの中でも生物的なっていうか本能的な怖さが、不気味に近いのかな?剥製が怖いのはその過程を知ってるからって言ってたよね?その過程に自分を置き換えたとき、死に対する怖さがあるのかな?
 ガラスの目とかはさ、ほら不気味の谷、みたいな自分が自然と動物とか人間とみなせるのにちょっと違う、みたいなのって怖く感じるらしいから、それなのかな?」

ファシリテーターの質問。
二つの質問を同時に投げかけてしまったと少し反省。

「えっと、どうなんだろう。知っているもの、見慣れているものから少し崩れると怖いって感じるのも確かにそうなんだけど、怖いほど美しいって言うし、美しさが不気味さにつながることもあるよね。」

たしかに。雪女も四谷怪談も、雨月物語も日本の怖い話って結構な話は美人が登場するよなぁ。他の国の怖い話はあんまり詳しくないから分からないけれど、美しすぎる、というものは背中が少しぞくっとしてしまうかも。

また、少し沈黙。

「よく分からない、自分の想定と異なることが不気味、であるのであれば、さっき未知だから怖いって出たコロナは不気味?」

「いや、コロナは不気味じゃない。そもそも、コロナっていうかウイルスは科学的に既知だから未知だとは考えにくい。むしろ、コロナに感染したときの周りの反応が未知だから怖いかも。」

コロナの初期に出た話を思い出す。個人情報を特定されて嫌がらせされたり、その場所に住めなくなったり、なんだか、とても人間の嫌な部分をたくさん見た。

まだまだ、コロナ自体について分からないことも多いけれど、それ以上にコロナによって変化する社会とか生活への怖さがある、とも。

別の一人がまた、

「私はね、人が人を傷つけるという事実が怖い。もちろん、最近の情勢とかもあるんだけど。別に、誰かが私を傷つけるとか私が誰かを傷つけるとか、そういうのを別にしてもそれが、人間社会の中で起こるということが怖い。なにか残酷なことが起こること、それが人間によって引き起こされること、その事実自体が怖い。これは、別に未知じゃないし、私にとってリアルでもないんだけど、この怖いって何なんだろう…」

どうしたらいいんだろう、このじっとりとしたさらに重くなった空気。息が詰まる。喉の奥がきゅっとなって、鼻の奥がツーンとして、お化けじゃない怖さ。
「怖い」が掴めなくなった。いつもなんとなく隣にいて、エンターテインメントとしても消費してきた「怖い」が、なんだか空中分解して、バラバラになった気分。
「怖い」ってなんだっけ。たくさんの「怖い」は一つの「怖い」にまとまらなくなって、それでも、それらは確かに「怖い」んだよなぁ。

それでもやっぱり今日も時間が来て、これでおしまい。
また、タスクばかりの現実に着地して、この一時間半でまた通知がたまったlineとメールボックスに気が付いて苦笑する。

まとめ

 今回は「怖いとは何か」について対話をしました。

 予測できないもの、未知なものはやっぱり怖い。けれど、分かっているもの、知っているからこそ怖いものもある。

 その中で一人が、

「自分はあまり怖いという感情を持つことがないんだけど、いろんな怖いを感じている人がいるんだなって思った。だから、今日はあんまり発言できなかった。」

 と、申し訳なさそうに言った。
 いいんだよ、それで。と私は声をかける。
 怖いをあんまりたくさん持ってなくても、発言していいし、発言できないって感じてたらそれは、場の空気が良くなかったのかなぁ、と少し反省。

 この場が誰かの「怖い」に繋がらないように、優しく、それでいて真剣に誰かと向かい合い、何かを共に考えることが出来るように形作れたら。

今日はここまでです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
是非、他の記事やこれからの記事も読んでくださると幸いです。
また、これを読んで感じたことやアドバイスなどありましたら、優しい言葉でコメントいただけますと嬉しいです。

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