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不便利屋⑤ DAY4

#連載 #小説 #SF #短編 #withコロナ

新型コロナ禍のおうち時間を利用して書きはじめた短編小説第二作です。書き続けるモチベーションのためにnoteに掲載します。週一で更新予定。本作はフィクションです。登場人物 団体 固有名詞等は実在のものと一切関係ありません。

不便利屋

アフターコロナの世界を描く短編SF小説 第2作
第5話

黄色い渇いた大地に小さなドットが模様を描いていく。やがて水玉模様はその隙間を埋めるように重なっていき、あっという間に黒く染まっていった。道端に寝そべるよに生えた茶色の草が息を吹き返し、背筋を伸ばして手を広げるようにして辺りを緑に染めていった。

1リットル瓶が加わったリュックの重さを肩に感じながら先を目指す。相変わらず遠くの景色は霞んではっきりとは見えない。雨のせいではないようだ。まだ症状は現れている。ただ、輪郭ははっきりしないもののなんとなくそれが森であったり、建物や塔などの人工物であったりといったことはわかる。

道の先端が盛り上がって見える。丘のようだった。雨雲が太陽を隠していたため方角を正確に知ることができなかったが、すこし道はカーブを描いているようだ。ふくらはぎに張りを感じ始めた。坂を登っている。丘は街を囲んでいた城壁のような大きなものではなく、背伸びをすれば向こう側が覗けるような気がするほどのものだった。

丘の頂上に立つと空気が変わった気がした。雨が止んだ。空を見上げると二つに割れていた。青空と雨雲が真っ直ぐに線を引いたように僕が立つ場所を境に分けられている。振り返ると、歩いてきた道と大地は相変わらず雨に打たれていくつもの波紋が描かれている。前を見ると丘をくだった先には草原が広がっていて、その上には青空があった。丘を越えるとまた別世界に入ることを示唆しているようだった。リュックから瓶を取り出して蓋を外す。指先から手首へとアルコールを刷り込むように塗った。僕は大きく息を吸い込んでその世界へと足を踏み入れた。

草の匂いが風に乗って鼻をくすぐる。波を打つ草原の中を貫く一本道を歩んでいく。まるで海が割れてつくられたような道は真っ直ぐに伸びている。僕の腰ほどの背丈の草が影をつくっている。晴れの世界に入ったことを実感する。影の伸びる方向と今の時間を考えると道が進む先は北へと変わっていた。吹く風がすこし涼しくなった。歩くペースを乱さないようにリズムを刻む。トレッドミルで運動していた時に聴いていたお気に入りの音楽を頭の中で再生し、テンポに合わせて足をかかとから踏み出していく。「ENJOY MUSIC」あの道化師の言葉が思い出される。

旅が始まってから4度目の夕日が僕の左側からオレンジ色の光を放っている。頭の中でリピートした音楽がドラムの音を刻み出した時だった。そのリズムに合わせるように、馬の蹄の音が聞こえてきた。頭の中ではなく、耳に響いてくる。蹄の音が聞こえてくる先を確かめるため立ち止まると、音も消えた。360度周りを見てみても姿が見えない。太陽が草原の向こうに伸びる西の地平線に沈んだ。代わりに存在感を強めた月は、また細くなっていた。その月明かりの中に陽炎のような馬とその背中に跨る人の姿が現れた。

空が闇のものとなり、その中にぽっかりとあいた歪な穴のように月がいた。どれくらいの時間だったろうか。僕と馬に乗った人は向かい合ったまま言葉も交わさず立っていた。馬もまた、まるで銅像のように動かずじっとしていた。月が明るさを増すのに合わせて、その輪郭がはっきりとしていった。太陽の下ではその姿が見えず、月明かりで浮かび上がる夜の者。亡霊なのか。

調光機のついた街灯の明かりが最大になったように、今日の月がこれ以上明るくならないと知ると馬の背に跨った人が音もなく地面に降り立った。こちらに近づいてくるとはっきりとその姿が見える。厚い胸板、そして広い肩幅とその先から出ているしっかりと筋肉のついた腕が月の光に照らされ彫刻のような美しさと逞しさを引き立てている。長髪は後ろで結ばれ、その先が腰まで伸びている。袖のない服には幾何学模様が描かれていた。何かの動物の毛皮でできているようだった。首には輪になった紐がかけられ、その先に木彫りのペンダントがぶら下がっている。どこのというわけではなく世界中の先住民族のもつ自然に宿る神々を敬い身に纏う佇まいが、そこにあった。

亡霊というにはあまりにもはっきりとした存在感だった。口を真一文字に結んだまま、その男がこちらへと近づいてくる。僕の目を睨むようにじっと見た後、男は夜空を見上げた。もう一度僕をみると、男は無言のまま顎で僕にも空を見るよう促した。引き込まれるように僕は視線をあげた。歪んだ月が見えた。これまで毎晩その形が変わっていくのを確認してきた月だ。下弦までは残り3日となっていた。男の見る先を追ってみると、見ているのは月ではない。漆黒の空だった。そこで僕は初めて気がついた。
「星がない」
思わず出てしまった僕の声に、男が反応した。
「そうさ。この夜空には星がない」
男の声は風もないのに周りの草木を揺らすような低い響きを持っていた。
「星の話をしよう。お前には聴く義務がある」

「様々な人々の様々な祈りを星たちは受け入れてきた。その祈りや願いを叶えるたびに星は消えていった。良識ある時代はよかった。安易に祈りに頼ることはなかったからだ。しかし人々は祈りすぎたのだ。祈りは最後の手段だ。自分たちで努力することを放棄し、祈ればなんとかなると思ってしまった。
そして夜空から星がなくなった。祈りを受け入れるものがなくなったと同時に祈りもなくなった。祈りを忘れた人々は欲望が溢れ、争いが起き滅んでいった。
私はまた人々の祈りを受け入れる星になりたい。火を灯してくれ」

慌てて僕はリュックの中を探す。この男が求めているもの、その後どうなるのか想像はついていた。僕はこの旅での僕の役割を理解し始めていた。携帯用のアルコールストーブがあった。ネットモールの骨董品店で見つけたものだった。インテリアとして飾ってあったのを、何かの役に立つかと思ってリュックに放り込んできたものだった。燃料は、そうだ高濃度のアルコールがある。燃えるはずだ。瓶の蓋を開け、丸い器にアルコールを注ぎ入れた。

男が人差し指を太腿で擦ると爪の先に火がついた。彫りの深い顔が赤く浮かび上がる。その火をアルコールストーブに移すと青白い炎が立った。静かに音もなく燃える炎。男が天高く掲げると夜空へと小さな光が舞い上がっていく。どこかの祭りで祈りを込めた無数のランタンが舞い上がっていくように小さな火が二つに二つが四つに四つが八つにと分かれ指数関数的に増えていく。漆黒の空へと吸い込まれていった無数の火はそのまま星へと姿を変えた。あっという間に満天の夜空が広がった。

「お前の祈りは?」
男が聴いてきた。
「祈りではないのですが、一つ聞いておきたいことがあります」
「なんだ」
「あなたが不便利屋ではないですか?」
「不便利屋か。俺ではない。しかしあの人は人々のために祈っていた。自分のことは何も祈らずに。不便利屋の元へ導けというのがお前の祈りか?」
「いや、今はまだ祈りの時ではないでしょう?まだ自分でなんとかしてみます」
そう答えると、男は少し口角を上げて頷いた。

馬と男が宙へと浮かび上がる。その姿が点と線になり、やがて点だけが残ったかと思うとそれが星になりケンタウロス座に重なった。そういえば、男が首から下げていたペンダント。あの模様に見覚えがあった。絵本を開いてみる。渦巻や葉っぱあるいは太陽や星、そして月がバランスよく配置された模様がそこに描かれていた。その周りには星が輝いていた。もちろんその中には威風堂々たるケンタウロスが立っていた。

月の光だけではない、夜空全体が照らす道を僕は進んでいく。

つづく


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