おやすみ私_ヘッダー1

おやすみ私、また来世。 #5

┃あおり@aoriene・2010/4/30
┃くたくたしてる猫が好き。
┃きっと、私たちの見えないものが見えてる。

┃神@zinjingin・2010/4/30
┃猫、飼ってるんだ?

┃あおり@aoriene・2010/4/30
┃うん。こころのなかにね。

┃あおり@aoriene・2010/5/1
┃幽霊の平均寿命は四〇〇年って、どこかで見たけど、
┃それは物質界に残った霊が地上に留まれる限界年数ってこと?

┃神@zinjingin・2010/5/1
┃四〇〇年……長い。

┃あおり@aoriene・2010/5/3
┃赤坂BLITZまであと1日。

┃神@zinjingin・2010/5/4
┃なんか興奮して眠れないw

┃あおり@aoriene・2010/5/4
┃One Sheep...Two Sheep...Three Sheep...

 二ヶ月ぶりのライヴ観覧は、新しいアルバムからの曲を中心にしたセットリストで満足した。何より、彼女と一緒に観れたことが嬉しかった。ライヴの終わり頃、ゲストの鈴木慶一とやくしまるえつこの二人だけで歌った曲「SMILES and TEARS 2010」は、かつて鈴木慶一が楽曲提供した『MOTHER2』のエンディングに流れる曲だと彼女は言った。『MOTHER2』は一九九四年に発売された任天堂のRPGで、スーパーファミコンのソフトだ。彼女の生まれた翌年に発売されたゲームのことを良く知ってるなと思っていたら、それは父親の影響だと言った。彼女の家には父親の残した古いゲーム機やソフトがたくさんあるということを教えてくれた。彼女が家族のことを話したのは、それが初めてだった。
「──昔のゲームってドット絵がかわいい。音もピコピコしててかわいい」
 そんな話を聞きながら、僕らは会場をあとにした。少し疲れたこともあり、お茶をしてから帰ることにする。
入った店は、結局いつものようにファーストフード店だったが、周囲にはカップルばかりが目についた。ひょっとすると、周りからは僕ら二人もそう見えているのかもしれないと、変に意識をしてしまった。
 いつもと違ってデートをしているような感じがしたのは、それは彼女が制服姿ではなく、私服を着ていたということもあったからだ。私服の彼女は乏しい表情の印象とは違い、全体的に可愛らしい洋服を身につけていた。
 少し膨らんだミニスカートには、彼女の使うスマホケースと同じ猫のシルエットがプリントされていた。一頃流行ったゴスロリ程に派手ではないが、端々にレースやシャーリングが施され、それなりに主張は強かった。血の気の薄い彼女の肌と相まって、それはますます人形のように見えた。そういえば、やくしまるえつこも、甘めの衣装が多いなと思った。
「──そういう服が好きなんだ?」
「これは私にとっての正装──ヘン?」
「いや、似合ってるからいいんじゃないかな? 洋服に詳しくないから知らないけど、それもゴスロリってやつなのかな?」
 その単語を口にしたとき、彼女は顔を歪めた。そして小さく溜息をついたあと、ロリータとはどんなものなのか、着ているブランドがどういったものなのかを説明をしてくれた。
 ──彼女の着ている洋服は、World's end Aliceという小さなブランドのものらしく、ロリータだけどゴシックではなく、強いて言うなら甘ロリだと言った。本来ならば、もっと華やかな洋服を数多く出しているらしいが、彼女は日常からそういうものを着られるほどマナが足りてないと、彼女らしくない謙遜をした。そして来るべきときに着る──と、真剣に語った。
 とにかく彼女は、何でもかんでもゴスロリと一括りされるのが気に入らないらしく、ロリータはブランド毎でも細分化され、それぞれに拘りがあると言った。それほど彼女にとって、ロリータファッションは神聖化されたもののようだ。
 人並以上に彼女もおしゃれに気を遣ったりするところを見せられると、やっぱり普通に女の子なんだなと思った。そして僕の彼女に対する好感度は、上がっていくばかりだった。
ゴールデンウィークはまだ残っていた。僕は思い切って彼女を食事に誘ってみることにした。
「──あおりちゃんは、明日どうしてる? まだ休みだよね」
 彼女は摘んでいたポテトフライをゆっくりと一本齧ると、「引きこもり」とだけ応えた。
「そっか──じゃ、一緒に食事でもどう?」と僕が言うと、彼女は少し驚き、「あはは。それは臨時集会だね」と笑った。僕は複雑な心境だったが、彼女と会えるなら、それでも構わないと諦めた。

 翌日、僕たちはいつもの御茶ノ水のファーストフード店にいた。デートらしいデートなどしたこともなく、おしゃれで気の利いた店など知らなかった僕は、彼女が臨時集会と言ったということもあり、失敗のない日常を選択した。確かに慣れないことをして、取り返しのつかないことになるのだけは避けたかった。
「──ここで良かったの?」
「だって臨時集会でしょ? 私たちの集会所はここ」
 そう言われて少し安心もした。彼女は昨日とは違うデザインだったが、やはり猫のシルエットのついたミニスカートを履いていた。スカートから伸びる華奢な脚が、彼女を少し幼く見せていた。
僕は「集会所が御茶ノ水なのは、僕の大学があるから?」と訊いてみた。彼女は「それもあるけど、私の学校も自宅も総武・中央線沿線だから、御茶ノ水だと都合が良いの」と応えた。日頃から古いオカルト雑誌やSF文庫を探しに、神保町の小さな古書店によく足を運ぶから、という理由もあるようだった。
「今日は何だか人が多いね。連休だからかな──でも、周りがうるさいから逆に丁度いいかもしれない」と、いつものように周囲を気をしてから彼女は話し始める。
「──ジン君はUFOって見たことある?」
「ないなー。見れるものなら見てみたいな。危害を加えないっていう前提なら、宇宙人も見てみたい」
「ジン君が想像してるのは、UFOの中でも異星人が乗ってるといわるエイリアンクラフトの方ね」
「エイリアンクラフト……」
「うん。UFOはunidentified flying objectの頭文字の略称で、未確認飛行物体のこと。だからいわゆる宇宙人の乗ったUFOに限らず、空を飛んでいて正体のわからない物体は、みんなUFOって呼ばれてる。ちなみに正体のわからない現象の場合は、未確認空中現象って呼んでるみたい。地球にはオーロラみたいな宇宙から観測できる自然現象もあるから、UFOが未知の自然現象と誤認されても不思議じゃないと思う。他にもスカイフィッシュやフライングヒューマノイド、モスマンといった飛行するUMAもUFOっていえばUFOになるのかもね──UMAついでに、成層圏にはクリッターと呼ばれてる謎の宇宙生物が飛んでいるの。それは数センチから数十メートルもあって、身体はゼリー状かプラズマで構成されているらしい。身体が不定形っていうことは地上でいうところの粘菌みたいなものなのかもね。でも、そういうのっていつも解像度の荒い動画ばかりで、なんだか信用できないけどね。だからUMAに関して言えば、例え作り物の死骸だとしても、至近距離から撮られた写真の方が断然信憑性は高いし、わくわくすると思わない? ──ま、それはさておき、ジン君は異星人はいると思う?」
 隣の席で食事をしていた親子連れの子供が、彼女の話すUFOや宇宙人といった単語に怪訝そうに反応した。わかっていたことだが、普通の人からしてみれば、そんな突拍子もない話を真面目に議論していることに、狂気や不安を感じることだろう。
 現に隣の子供が、UFOや宇宙人といったワードに反応して、こちらに顔を向けるたび、父親は何事もなかったかのように、子供を抱き上げ視線を戻していた。そんな状況に居たたまれなくなり、僕はできるだけ隣の席に聞こえないように、小さな声で彼女に返した。
「──見たことはないから断言できないけど、いてほしいとは思う。とてつもなく宇宙は広いんだし、どこかに地球以上の高度な文明を持った知的生命体はいるんじゃないかな」
「うん、私もそう思う。ただ残念なことに、地球以上の文明っていうのも色々あって、例えエイリアンクラフトを作れる技術を持っていたとしても、実は地球に来るのはなかなか難しい。太陽系外の他の銀河系となると想像がつかないくらい離れているし、地球に飛来するには何光年、何万光年っていう莫大な時間がかかる。だから、反重力や何かまだ地球では一般的でない航行機関が必要になってくる。それはSFではお馴染みのワープ航法かもしれないし、全く別の方法かもしれない。でも相対性理論によると、物体は光速を超えることができないから、その因果律を覆した何か別の理論を見つけるのが先なのかもしれない」
「別の理論?」
「うん。物理学は詳しくないから、それがどんなものかはわからないけど、一度相対性理論を覆す必要があると思う」
 それを聞き、彼女が単なるオカルト好きでなかったことに気づかされる。みらい観測クラブは、秘密結社を謳いながら、彼女が疑問に思う宇宙感や超常現象を、理論的に解釈できる形に推論する趣旨のクラブだった。
「自分が文系だからか、相対性理論を否定するなんてこと、考えもしなかったな」
「私もそれ自体の否定はしない。どちらかというと別の理論の模索かな。ちょっと相対性理論に縛られすぎてる気がするから……。今の地球上の技術でも、乗組員が不老不死だったらという前提なら、どんなに離れた場所にでも、いつかは到達できるくらいのテクノロジーはあるんだけどね」
「不老不死で到達時間の問題をクリアしてるけど、もっと何か、別の視点から時間の問題を解決できるのなら、それも現実になるってことか」
「そう。マーズワンっていう、火星まで片道航行するプロジェクトが予定されているけど、その問題を解決することができれば、わざわざ片道航行にする必要なんてなくなる。やっぱり人類が他の異星人に接触するには、光速を越える宇宙航行技術か、それが可能な全く新しい技術が必要になる。それから不老不死までいかなくても、人が宇宙で生きていくためには、更なる医療の進化が必要不可欠。だから、すでに地球に到達している異星人たちは、少なくともそれらのテクノロジーを克服してるってことは確か」
「そう考えると宇宙人の持ってる技術ってすごいね──でも、そんな高度な生命体が、そんな大したテクノロジーもない地球に何しに来るんだろうね? 侵略するなら、とっくの昔にできてると思うけど」
「それは、しない理由──できない理由があるから。地球に到達している異星人は一種族だけじゃなく何種族もいるの。その中には人類に対して友好的な種族もいれば、敵対している種族もいる。人が宇宙船内に拐われて、人体実験をされるエイリアン・アブダクション事件とか、牧場の牛の血だけが抜かれてしまうキャトルミューティレーションは、人類に敵対する異星人の仕業。でも、アメリカ政府との間に密約があって、異星人のテクノロジーと引き換えに、そんな事件があっても見て見ぬふりをしているらしい。反対に友好的な異星人もいて、彼らはその敵対している異星人たちを牽制して、そんな異星人の脅威から人類を守っている。そうやって均衡が保たれている」
 彼女の話は益々、突拍子さを濃くしていったが、僕は彼女に合わせる。
「地球にそこまでして守る価値があるのかねぇ」
「それはわからない。でも、友好的な異星人がいなかったら、とっくの昔に地球は侵略されていたと思う。きっと友好的な異星人は、私たちの祖先だったり、生みの親だったりするんじゃないかな。だから、そこまでして人類を守ってくれるのね」
「祖先?」
「うん。それは、かつては地球上にいた高度な生命体かもしれないし、どこか他の星から来た知的生命体かもしれない。何らかの事情で地球を離れることになって、残された私たち地球人を監視しつつ保護してるんじゃないかってね」
「何か──SF映画みたいな話だね」
「異星人がいることを前提に話をしたら、事実でも創作でも、行き着く先はそんな感じになる。あえて事実を創作だと公表して、世間を撹乱しているのかもしれない」
「どうして、そこまでして頑なに公表しないんだろうね」
「何も知らない人々が混乱するからって建前はあるかもしれないけど、きっと大国政府の問題じゃないかな。異星人の未知のテクノロジーが絡んでくるとなると、そこには利権が発生するだろうし、全てを独占・掌握できるようになってからじゃないと、世間に公表しないんだと思う」
「その利権ってのは、光速を越える装置ってこと?」
「それ以外にもあると思うけど、とりあえずはそんなとこ」
「正にアメリカ的だな」
「でも、歴代の大統領の中には、ケネス・アーノルド事件から始まった、UFOや異星人に関してコメントを公表しようとした人もいた。だけど発表前に謎の暗殺をされたりして、どうやらそれをさせたくない一派もいるみたい」
「JFK?」
「そう。ジョン・F・ケネディ大統領は、表向きはリー・ハーヴェイ・オズワルドが暗殺したことになっているけど、捕まったオズワルドも殺されてしまって、詳しいことまではわかっていない。事件に不審な点が多いことから、政府包みの陰謀とも言われてて、何十年経った今でも米国史上最大のミステリーとして記憶されているのはジン君も知っての通り。この事件に関した機密ファイルが二〇一七年に公開される予定だけど、一体何が書いてあるのか……。もし、そこに異星人についての公式発表が理由で暗殺されたと記してあったのなら、その年こそが世間に異星人の存在を公表する元年になるのかもね」
「七年後……まだまだ先だな」
「そうだね──その頃、私たちどうしてるかな。少しは宇宙の秘密に近づけてるといいんだけど」
 そう言った彼女は、近い将来に想いを馳せているのか、遠くを見つめたあと、少しだけ笑った。そしてその機密ファイルは、二〇一七年になっても一部が公開されただけに留まり、結局謎は解けないままだということを、この頃の僕らは知るはずもなかった。

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