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【基本理解】スタートップのストックオプションあれこれ

今日はスタートアップといえばストックオプション、ということでそんな話題について書いてみたいと思います。

なぜ、今更こんな投稿としてみようかと思ったかと言うと、スタートアップの社会的重要性が高まってくるに従って、このシンプルすぎるインセンティブ設計だと難しくなってきたなと感じているからです。

実際、報酬制度自体、正解が簡単に見つかるわけでもなく、上場企業も最適解で運用できているところは殆どないのが実態です。スタートアップにおいては、典型的ストックオプションのみ一般化していますが、その中身について細かく理解して発行している会社も受け取っている会社もごく一部というのが実態でしょう。

では基本的なところからおさらいです。

スタートアップにおける基本的な報酬パッケージ

大きくわけて3種類(とその組み合わせ)で報酬、インセンティブが構成されていると思います。

1)現金のみ

スタートアップに限らず、日本で一番多い基本的な報酬体系です。現金報酬をあらかじめ約束しておいて、労働力を提供するその対価として現金報酬を貰い受けます。時給で働くバイトも広い意味では変わりません(福利厚生とか社会保険とか除く)。労働という役割と提供する対価として、約束された報酬ともらうので、会社との関係性は明確に雇用する側とされる側、と言う関係になります

ですので、社員側からすると、いつ辞めて、他に同じ現金報酬を提供してくれる会社に転職しても、報酬というインセンティブの観点では全く問題ないのです。ですので、最も後腐れない報酬体系と言えますが、会社からするとリテンション(会社に残って欲しい)というインセンティブは生み出せておらず、あくまでも現金報酬の絶対水準という「評価」が労働市場において競争力があるのか、また提供している職場環境(含む役職や責任い)や会社が提供している社会的価値で、労働者にとって働く意味を感じてもらうことになります。

2)現金+ストックオプション

創業きに近いメンバーや、それ以降でも一定のポジション以上の役割を担う社員には、ストックオプションを配布することが、スタートアップでは一般的です。

ストックオプションとは以下のような算式でインセンティブが発生するものです。アップサイドの共有がその狙いになります。狙いとしては、会社との関係性が単なる雇用する側とされる側にとどまらず、一心同体というかインセンティブを揃えた状態を生み出すことにあります。

インセンティブ(含み益)=MAX(売却時の株価 – 行使価格、ZERO)x 株数

ポイントとなるのは付与されたストックオプションの行使価格です。これが低ければ低いほどインセンティブが強いものとなります。また株数が多ければ多いほど、インセンティブが多く強いものとなります。なお、株数は相対的なものなので、別の会社と比較する場合は、株数そのものよりも会社全体の株数に対する割合が大きいほど、インセンティブが強くなります。

一見するとなかなか素晴らしいインセンティブ構造ですが、いくつか問題点が潜んでいます。

・売却時の株価が行使価格を超えない限り、インセンティブはZERO
・売却(&行使)が可能になるのは日本では実質IPOした後
・原則、退職するとその権利は失効する

参考)ストックオプションの問題点


最初のポイントはストックオプションであるからには、もう致し方ない話です。厳密にはダウンラウンドなど会社の状況が変化した際に、全員同意で行使価格などの条件を変更することは可能ですが、かなり難易度が高く現実的ではありません。

他の2点は、日本はそのプラクティスになっています。一方、米国などでは、未上場段階から行使可能なストックオプションは一般的ですし、現金化できる仕組みや市場も存在しています。従って、退職すると権利が失効しないストックオプションもより一般的です。日本でも少しずつ、ストックオプションの意義や思想を考えて設計する会社も出てきていますが、まだ一部と言えるともいます。

3)現金+株式

創業メンバーは基本的にはこのインセンティブ構造です。創業間株主契約で退職時の株式の取り決め(放棄や買取など)を決めている場合もありますが、株式であれば労働の対価とは関係なく、財産として保有の権利が認められているので、ストックオプションとは考え方が異なります。かつ、株式は値上がりや値下がりはあれど、一定の価値を保有することになります。その意味で、現金のような報酬としての意味付けがわかりやすいです。

日本でも徐々に導入が進んでいますが、RSU(Restricted Stock Unit)は報酬の一部として株式対価で発行するもので、米国ではかなり一般的です。ストックオプションとは異なり、毎年の労働力の対価として、報酬として一部株式を渡すと言う考え方なので、ストックオプションのようにアップサイドを共有してインセンティブを揃えるものとは性質が異なります。それは報酬として機能しています。

信託型ストックオプションとポイント制運用

過去5年間で急速に市民権を得てきたものに、信託型ストックオプションがあります。タイムカプセル・ストックオプションとも呼ばれ、最大の特徴は行使価格が低いうちに発行枠を固めてしまい、実際の付与のタイミングと行使価格決定のタイミングを「ズラす」ことにあります。

これにより上記のストックポプションの算式で示した行使価格が低くなることで、従業員へのインセンティブを高めることができます。会社=経営側からすると、同様のインセンティブを有する株数を抑えることができ、より希薄化を伴う株式発行を最小限に抑えて、最大の効果を狙うことが可能になります。

もう一つの特徴は、付与株数を入社後のパフォーマンスに応じて決めることができる点です。ストックオプションは入社時などに一気に付与することが多いため、実際の入社後のパフォーマンスと連動させることが難しいのが課題の一つです。もちろん入社後に追加付与することも可能ですが、時間が経つにつれて一般的には行使価格が高いストックオプションを付与することになり、どうしても入社時のストックオプションに対して、有効にインセンティブを増減させることが難しくなります。

その点、信託型ストックオプションは、どのように運用するかは別途難しい問題ではありますが、運用がうまくできれば、少ない株数で入社後の働きに応じた形で付与することが可能になります。これは、ストックオプションが単なるアップサイドの共有と言う側面が強い一方で、信託型はインセンティブを強めるだけではなく、報酬という側面も兼ね備えることができることを意味します。RSUを導入することなく、一部報酬としての役割を担えるのはもう一つのメリットと言えます。

ストックオプションの課題

ここまでの振り返りも兼ねて、ストックオプションの課題を整理しておきたいと思います。

1)アップサイドの共有という概念がわかりにくい

ストックオプションって金銭を受領した感覚を「あなたにあげる」と言われた日に感じますか?

ある日、「100万円あげるよ」と言われて、「ただそのためにはABCという条件があって、詳細はこの契約書見ておいて。そうしたら100万円あげるから。」、そんな風に言われたら100万円をもらったと思う人が少ないかもしれません。

まずそもそもスタートアップ社員でストックオプションのことを正しく理解して人は半分程度ではないでしょうか。理由は、そもそも企業価値とかファイナンスに関係する知識が一部必要であり分かりにくいことに加えて、毎月振り込まれるもの=報酬、というキャッシュフロー的認識が染み付いている人にとって、あなたのアカウントにこの価値のものがありますというバランスシート的価値観は馴染みづらいと言うのがあります。

さらに言えば、実際に価値を認識するのがIPO以降となれば、IPOできるスタートアップがごく一部ということからも、それを認識する機会の少なさ、それが実現する期待値の小ささを考えても、致し方ない側面があります。まず、一人一人にフローではなくストックで価値を見る概念をしっかりと教育していくことが必要でしょう。

さらには米国のように、IPO前に行使可能としたり、現金化が可能な仕組みやプラクティスが整えば、ストックの価値が現実のものとして理解されやすくなるでしょう。この辺りの仕組みの整備も重要だと思います。ただ、現金化することがあらゆるフェーズのスタートアップで横行すると、今度はIPOに変なインセンティブがつきSmall IPOが横行したように、上場蓋然性が全く高まっていないのに、(実際には価値があるか不透明な)ストックオプションを短期で受領し、売却するようなそういうインセンティブが強まってしまうところには留意が必要です。

ストックオプションの発行は企業価値に直結しますので、複雑なインセンティブ設計を導入しようとすればするほど、しっかり機能するガバナンス体制の構築も重要になります。創業当初のガバナンスは創業者と大株主VCによる創業者+VCガバナンスで成り立っているのが実態ですから、両者の力関係がしっかり有効に機能している状況が最低限必要に思います。

2)退職時の取り扱いのフェアネス(※退職時に召し上げられるのって?)

もう一つが、退職時にストックオプションの権利が失効するというものです。これがどちらが正しいかは、ストックオプションの設計概念によると思います。もしこれが、アップサイドの共有であり、そのアップサイドが実現するIPOまでのリテンションのための仕組みと考えるのであれば、退職時にストックオプションが失効するのはある意味当然と言えるかもしれません。

ただ、この発行理念が曖昧なスタートアップが多いのも事実でしょう。もしくは、受け取った側の社員がどういうつもりでストックオプションを受領したと考えているかという期待値との差分も問題になるでしょう。より報酬としての側面、それはサインアップボーナスかもしれないし、年棒の低下を埋め合わせるための将来に実現する追加報酬という位置付けと考えれば、それはその個人に「帰属した資産」という側面が強くなるでしょう。

もしそういう設計思想でストックオプションを配っていたとすると、それを退職時に失効扱いするのは、アンフェアと言えるでしょう。実際に退職時に失効しない設計が可能なのですが、それ自体も知らない人が多いかもしれません。

スタートアップも大型化、上場までも早い場合から長期間かかる場合など多様なスタートアップの成長シナリオが可能になってきました。そして、そこで役割を果たすステークホルダーも、株主だけではなく、従業員も多様な形で貢献することが期待されます。だからこそ、報酬設計もそういう実態に合わせて、カスタマイズしフェアネスを追求していく姿勢が必要です。

3)報酬なのかアップサイドの共有かを意識した設計

スタートアップは現金での年収が低下する職場として長らく認識されてきました。だからこそ、その差分を埋めるためにIPO時のアップサイドを共有できるストックオプションがその足りない部分を埋め合わせる効果を発揮してきました。逆に言えば、ストックオプションがなければ、スタートアップとして十分魅力的な報酬を支払うことができない、そんな時代が長く続いていました。

加えて、創業間もない経営陣にとってIPOやファイナンス、またストックオプションは未知の世界で、何のためにどうやって設計して、こんな小難しいことは組織作りはPMFを目指した事業活動からすると、優先度が低く、あまり深く考えないまま設計してしまう、そんな類のものでした。

それでもある程度形式的には様々な事例や先人の知恵により、設計のパターンなんかは一定浸透してきたように思います。ただ、どうしても形式的なテクニックは伝えることができても、それが報酬なのかアップサイドの共有なのか、そのためにどういう設計で付与の運用を行なっていくのか、という具体的な話まではなかなか伝わりづらいのが実態です。

報酬型ストックインセンティブの必要性

昨今、スタートアップの給与水準が大企業に並んだという報道がされていたと思います。これは極めて好ましいことですし、今後どんどんスタートアップが日本の平均給与を引き上げていく必要があると強く感じてます。

ただ、報酬は現金だけではありません。様々な特徴を持った報酬体系が実は設計が可能です。

ストックオプションは報酬のようで、その実態は報酬ではない、それが今までのスタートアップでのプラクティスでした。今後は、報酬としての「報酬型ストックインセンティブ」について考えていくべき時代がやってきています。

今後、スタートアップの報酬額がどんどん増加するとして、それが現金だけ、決してそうはならないと思いますし、そうなるべきではないと思います。今、一部の優良大企業、また上場・未上場スタートアップでも報酬委員会を立ち上げ、積極的に取締役や役員の報酬について取り組んでいる企業が増えています。これは、以下のようなことに透明性を与え、適切なインセンティブ構造を整えることで、会社として進むべき方向の推進力を高め、ガバナンスを強化することに目的があります。

1)取締役にどのような役割を期待しているのか明確にする
2)役割に応じた時間軸がどのようなものか明確にする
3)役割に応じた責任、それを図る指標として何が適切か明確にする
4)期待する役割と結果に応じて、報酬が適切であるか確認する

参考)報酬委員会に期待される役割

今後、報酬としてストックインセンティブを使いこなすスタートアップがどんどん出てくるでしょう。給与水準がどんぐりの背比べであれば、あまり意識されないかもしれませんが、今後スタートアップにおける要職の報酬水準がどんどん引き上がるにつれ、多くに人にとって、どういう会社なのか、そこで何を実現したいのか、そのための報酬水準・インセンティブとして適切なのか、そんなことを考えるのが当たり前の時代がもうここまできていると思います。

まずはストックオプションが単なるアップサイドの共有なのか、報酬としての位置付けであるのか、そこから考えてみることをお勧めします。そして報酬としての位置付けである、またそういう側面を強化していく必要がある、そう考えるのであればストックオプションだけにとどまらない、報酬のあり方を、まずは会社の代表である取締役の報酬から考えてみるのが良いと思います。

報酬型インセンティブの議論が進めば、先ほどあげた課題、「なんだかよくわからない」という部分も一部解消するでしょうし、「退職時に失効する」という課題もどういう位置付けなのかが明確になるとお互いフェアな条件が見出しやすく、実際の運用も一部非失効型のオプションの設計もどんどん一般的になっていくでしょう。

報酬委員会ってなんのためにあるのか。まだそんなを言っている人がいれば、是非自社の報酬がどうなっているのかレビューしてみてください。そして、ガバナンスとは何か、それがわからないのであれば、まず勉強してみてください。手前味噌ですが、私もいくつもnoteでガバナンスについて発信しています。

長文ありがとうございました。すこしでも参考になったのであれば、いいねやコメント、またSNSで共有いただけると嬉しいです。また機会があればこんなテーマも深掘りしてみたいと思います。

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