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僕の全てが眠る街

 一昨日30になりました。姪っ子からはおじさんなんて呼ばれています。最近まではZARAやGUばかり来ていた気がするのに、ここ数年はユニクロばかり着ています。タバコもやめてHIPHOPも聞かなくなりました。最近はサンボマスターばかり聞いています。できっこないをやらなくちゃ、ぜひ聴いてみてください。有名なのでもう知ってるよと言われるかもしれませんね。

 似合わないことがどんどん増えていくのに似合うものは増えません。この年までに何も積み重ねられなかったツケが今になって襲いかかってきているように感じます。この手紙も似合わないことの一つのように感じます。私は今、あなたにラブレターを書いています。恋文と言った方が自然かもしれないですね。いやダサいかな。中学生になる姪っ子は、私がキスという単語を使うと似合わないといって笑いました。なんて言うのが正解なのかはわかりません。あなたならどうしますか。

 あなたのようになりたいと思って生きてきました。あなたと初めて話した7年前の暑い夏の日を覚えてらっしゃいますか。あなたはあんなに暑い日に革ジャンを来てピースをふかしていました。汗ひとつかかずに、まるでそこだけが季節の移ろいを拒否しているようでした。あなたの周りにはずっと春の温かい風が吹いていて、どこかへ行きたくないと滞留しているのだと、そんなふうに思えました。

 私はあなたのその思想に惚れたのだと思います。他人の内への干渉を拒否して、脆く弱い割れ物のアイデンティティーをその小さい体で強く優しく守っていた、そんなあなたが好きでした。誰よりも強く見えました。

 人の目が怖いです。あなたと出会ってから一年後に私は神戸から上京しました。あなたが選んでくれたネクタイは初日に上司から注意を受けてそれ以降一回もつけられていません。あなたを目指したいと思いながら、私は結局あなたから後ずさりをして遠ざかっていきました。それでも、離れれば離れるほどあなたはくっきりとした輪郭をもって私の前にいます。いまも、これからも。

 昨日会社を辞めてきました。もう一度演劇を始めようと思います。昔一緒にやった風の歌を聞けを覚えていますか?私が「僕」をやり、あなたは「小指のない女」をやりましたね。港のシーンを覚えていますか?僕らは体育座りで並んで座り、あなたの小さくて薄い唇にキスをしました。私はあのキス以降誰ともそれをしていません。私はあの日あの場所であなたのイデアに恋をしてしまったのです。あの日のあの時のあなた以外にだれも愛せなくなったのです。

 来月はあなたの誕生日ですね。あなたは30になったら死ぬんだといつも言っていました。もう一度僕と、あのシーンのように神戸の港で話しませんか?僕らの全てが眠る街で、もう一度並んで座りませんか?あなたの死は私の恋の永遠の消滅です。そしてそれは私の消滅です。最後に私にチャンスをください。あの板宿の小さい一室にまだそこにあなたがいて、この手紙が届くことを願っています。

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