頓馬

暗いものが多いです  投稿頻度は少ないですが、ずっと続けます。

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夢に消える【再掲】

 ドアを開けると、見知らぬ家族がいました。一人暮らしの私の家にです。未だに信じられません。ここに私を導いたのはそんな出来事です。それは私に全てを与え、既に全てを奪っていました。  私に家族はいませんでした。一家心中で生き残ってしまったようです。家族はわたしを含めた4人で、両親の他に歳の近い兄もいたようです。もちろん彼らの顔も匂いも知りません。ただ知識としてそこにあるだけです。  彼らを亡くしてからはずっと叔母が育ててくれました。私の生活環境を変えまいと、両親の暮らしていた

    • 君と死にたいよ

       しなびたこの島から沈む夕陽を見たとき、僕はそれをそのまま神戸に重ねた。六甲アイランドというハイカラな名をあてがわれたこの島の南には、初めはきっと綺麗なコンクリートで並んでいたであろう海辺に臨む広場があり、そして時は流れ、今になっては茶色と緑の混ざった、よくわからない色の雑草が好き勝手に生えていた。希望が未来を志向するものなら、それが過ぎ去ったものを何と呼ぶのだろう。7色の希望がそのまま色褪せてしまった虹色を何と呼ぶのだろう。タイムカプセルに眠る12歳の僕が語る夢のような、そ

      • 僕の全てが眠る街

         一昨日30になりました。姪っ子からはおじさんなんて呼ばれています。最近まではZARAやGUばかり来ていた気がするのに、ここ数年はユニクロばかり着ています。タバコもやめてHIPHOPも聞かなくなりました。最近はサンボマスターばかり聞いています。できっこないをやらなくちゃ、ぜひ聴いてみてください。有名なのでもう知ってるよと言われるかもしれませんね。  似合わないことがどんどん増えていくのに似合うものは増えません。この年までに何も積み重ねられなかったツケが今になって襲いかかって

        • 化粧

           私の顔を見たらあなたはきっとイビツだと思うよ。そういう化粧をしているから。  あなたに愛する人がいて、その人の傷を知りたいと思うなら、不自然な化粧を探すといいよ。あなたはそこにキスをして優しく撫でてあげて。  私たちはすべからく傷を負っている。そこには消えない呪いがかかっていて、それから解き放たれるときを何よりも願っている。どこまでも深くて、果てしない時間を要するそれから、解き放ってくれる人を待っている。

        • 固定された記事

        夢に消える【再掲】

          スピンオフ

           制汗剤の青い香りがあたりを優しく漂っていて、終わりかけの夏特有の生ぬるい風が僕らを包んでいた。 
「今日があなたにとって最後の日でも、あなたはこうやって私と歩いてくれる?」
彼女はそう言った。その言葉は絶えず心の内側で熱を持ち、振動を続けている。部活でへとへとになった僕らは、痛いくらいに真っ直ぐな西日に向かって、田んぼの間の舗装道路をゆっくりゆっくり歩いていた。肩にかけたエナメルバッグからは水筒の氷がからんころんと音を立てていて、彼女が押す自転車の車輪はさらさらと回転してい

          スピンオフ

          追いつき、そして離れる[再掲]

           夕暮れの病室、西日特有の程よく硬い光が、ベッドに座る彼女の脇を通って部屋を二分するように注がれていた。彼女はその少し大きい窓から、半分くらいが埋まった駐車場を無表情で眺めていた。時が緩慢に流れ、夜なんて永遠に来ないような気がした。

 彼女を忘れまいと務めるとき、僕はいつもこの光景を思い出した。もっと思い出すべきことが他にもあるはずなのに、気づけばその時に見た彼女の横顔を心に描いていた。彼女は何を考えていたのだろう。やがて来る暗闇をどのように受け入れようとしていたのだろう。

          追いつき、そして離れる[再掲]

          青黒

           ただのゴムのはずなのに、そのmono消しは生暖かくて甘くて僕をどうしようもなくさせた。西陽がそれとなく支配するこの教室で、外からは運動部の声が聞こえて、周りには誰もいなくて、僕はそれを右ポケットに入れて教室を出た。  盗んだmono消しからは君の匂いがした。間違いなく君の匂いだった。マラソンの時間に君を追い抜いた時の、紛れもなく君のDNAから流れ出る匂いだ。市販の柔軟剤なんかじゃ生み出せない。君だけの匂いだ。僕はそれを鼻につけたり口に含んだりして、右手を動かした。君と一体

          アミティビレッジ【再掲】

           彼女に別れを告げられたとき、僕はいつか見た遠い世界の家族を思い出した。ずっと幼い頃、電車の窓から見た、両親と子供が静かに食卓を囲む何の変哲もない光景だ。僕はそれを見たとき強い違和感を感じた。僕と関わりのない世界で誰かが人生を送っていることが、ただただ不思議だった。目の前の彼女もその家族のように僕と関わりのない世界に行ってしまうのだと、そう感じてたまらなく悲しかった。彼女はずるく泣いていて、僕は思ってもないのに幸せになってねと言った。  彼女は夢があって大阪に来ていた。しば

          アミティビレッジ【再掲】

          スピンオフ

           制汗剤の青い香りがあたりを優しく漂っていて、終わりかけの夏特有の生ぬるい風が僕らを包んでいた。 「今日があなたにとって最後の日でも、あなたはこうやって私と歩いてくれる?」 彼女はそう言った。その言葉は絶えず心の内側で熱を持ち、振動を続けている。部活でへとへとになった僕らは、痛いくらいに真っ直ぐな西日に向かって、田んぼの間の狭い舗装道路をゆっくりゆっくり歩いていた。肩にかけたエナメルバッグからは水筒の氷がからんころんと音を立てていて、彼女が押す自転車の車輪はさらさらと回転して

          スピンオフ

          可能性の砂【再掲】

           してはいけないから価値があった。お酒も煙草もエロ本も。深夜徘徊だってそうだ。許可されたことになんてなんの意味もなくて、禁止されているからこそ意味があった。僕らの退屈な日々には、それが全てだった。  僕らがよく集まった川沿いの公園には、今では個性のない戸建てが建っている。個性のない夫婦と個性のない子供が教科書的で清潔な幸福を過ごしていた。その場所には今でも、僕らの届きようのない夢が埋まっている気がした。彼はよく言った。俺ら2人で曲を出そう、と。中学3年生の僕らの手にはあらゆ

          可能性の砂【再掲】

          h30、そして離れる【再掲】

           夕暮れの病室、西日特有の程よく硬い光が、ベッドに座る彼女の脇を通って部屋を二分するように注がれていた。彼女はその少し大きい窓から、半分くらいが埋まった駐車場を無表情で眺めていた。時が緩慢に流れ、夜なんて永遠に来ないような気がした。  彼女を忘れまいと務めるとき、僕はいつもこの景色を思い出した。もっと思い出すべきことが他にもあるはずなのに、気づけばその時に見た彼女の横顔を心に描いていた。彼女は何を考えていたのだろう。やがて来る暗闇をどのように受け入れようとしていたのだろう。

          h30、そして離れる【再掲】

          唾棄すべき世界【再掲】

           やっぱりやめないか、と僕は小さい声で言った。彼女は震える手でミルクティーを飲み、睡眠薬を流し込んでいた。潮風が強く吹き、荒々しい波の音が断続的に聞こえた。 「急にどうして?」 「やっぱり死ぬのは怖いし、もう少し生きてもいい気がしてさ」 「あなたも嫌気がさしてたじゃない」 「うん、さしてた、今だってそうだ。でも君ともう少し一緒にいたくなった」 「私も同じだよ。だから一緒に死にたい」 彼女はポケットのホッカイロを僕の手に握らせる。 「でも別に無理強いはしない。あなたの人生はあな

          唾棄すべき世界【再掲】

          彼は僕の声で言った【再掲】

           心に悲しみを飼うことです、と僕は答えた。演技のコツを聞かれたらいつもそう答える。ありきたりでつまらない質問にはそれっぽいテンプレートを用意するのが便宜だ。それになぜか必要以上に感心してもらえる。聞く側も大して期待していないのだろう。ありきたりでつまらないのはお前だと彼は僕の内側で言い、ケラケラと笑った。彼の声は低く乾いていて、僕を不快に揺らす。彼の言葉が心に放たれると、僕の意識は決まってそれに向けられ、何も頭に入らなくなる。質問が耳に届いていない僕にインタビュアーは怪訝な顔

          彼は僕の声で言った【再掲】

          アミティ・ビレッジ

           彼女に別れを告げられたとき、僕はいつか見た遠い世界の家族を思い出した。ずっと幼い頃、電車の窓から見た、両親と子供が静かに食卓を囲む何の変哲もない光景だ。僕はそれを見たとき強い違和感を感じた。僕と関わりのない世界で誰かが人生を送っていることが、ただただ不思議だった。目の前の彼女もその家族のように僕と関わりのない世界に行ってしまうのだと、そう感じてたまらなく悲しかった。彼女はずるく泣いていて、僕は思ってもないのに幸せになってねと言った。  彼女は夢があって大阪に来ていた。しば

          アミティ・ビレッジ

          永遠【再掲】

           深夜2時の暗闇には予期せぬ人影があった。煙草の火だけがぽつんと揺れていた。グラウンド近くの電灯がそこにわずかな光を届け、彼女のシルエットを曖昧に浮かび上がらせる。彼女は驚いてどぎまぎしてる僕を少しだけ見つめて、また視線を戻した。僕は彼女の前を通って石段に腰掛け、同じように煙草を吸った。2本ばかり吸って戻ろうとしたとき、既に彼女はいなかった。  大学内での喫煙が禁止され、全ての喫煙所が撤去されてから2週間が経った。肩身の狭い喫煙者たちは隠れて吸える場所を探し、各々がどこかに

          永遠【再掲】

          2018

           夕暮れの病室、西日特有の程よく硬い光が、ベッドに座る彼女の脇を通って部屋を二分するように注がれていた。彼女はその少し大きい窓から、半分くらいが埋まった駐車場を無表情で眺めていた。時が緩慢に流れ、夜なんて永遠に来ないような気がした。  彼女を忘れまいと務めるとき、僕はいつもこの景色を思い出した。もっと思い出すべきことが他にもあるはずなのに、気づけばその時に見た彼女の横顔を心に描いていた。彼女は何を考えていたのだろう。やがて来る暗闇をどのように受け入れようとしていたのだろう。