装画・挿画『なぞときワールド コーラル&アメシスト』-メイキング
4巻ぶんをまとめたnoteはこちら↓
本作は「なぞなぞ本」であり、明確なストーリーがあるわけではないので、4冊のどれから入っても大丈夫です。
アイディア出し
本作のテーマは「コーラル&アメシスト」つまり珊瑚と紫水晶。
4巻の中で一番難産でした。
アメシスト(紫水晶)の語源は、ギリシャ語やラテン語の「酒に酔わない」という言葉からきているそうで。やはりその紫色から、ブドウ酒のイメージに繋がるのでしょう。
(日本では「アメジスト」の方が浸透している?ようですが、言語の発音に近い正式名称は「アメシスト」)
ギリシャ神話における豊穣・ブドウ酒・酩酊の神ディオニュソス(ローマ神話におけるバッカス)と、乙女アメシスト(月の女神アルテミスに仕えていた)の逸話など、探せばいろんなお話があるし有名どころはもともと知っていたのですが…
神話や民話は若く美しい女性が悲惨な死を遂げることが多いので、ここからストレートにワクワク冒険譚!みたいなビジュアルに発展させることができませんでした。
珊瑚も、日本の土佐に『お月さん ももいろ』という童話があるのですが悲しいお話(これはこれで嫌いではないけれども)…
ギリシャ神話の珊瑚エピソードもまぁ血みどろ…
紆余曲折を経て、
今作でも児童小説に行きつきました。
『赤毛のアン』 著:ルーシー・モード・モンゴメリ
↑の絵本で、「アメジストのブローチ」にまつわるエピソードが語られています。短くまとまっていて読みやすいしイラストが可愛い。
アンが、マリラ(孤児だったアンを引き取ったおばさん)の大事なブローチをなくしてしまった疑惑をかけられ、なんやかんや…というお話。
日本アニメ版『赤毛のアン』では11〜12話がこのエピソードに当たります。
こちらではアメジストでもアメシストでもなく「紫水晶のブローチ」として登場。
「紫水晶って本当にきれいね。紫水晶は昔、私が心の中で思い描いていたダイヤモンドに似てるわ。ダイヤモンドは美しい紫の石だと思ってた。本物のダイヤモンドを見た時、ガッカリして泣いてしまったの」
なんてことを語るアン。子供心に「なんかわかる…」と思ったのを覚えています。紫色にはミステリアスで高貴なイメージがあるからか。
「素敵だわ。紫水晶って、スミレの魂なのねきっと」
ブローチをつけたアンが想像の中で「コーデリア姫」になりきって、湖にブローチを落としてしまう…紫色にきらめきながら、ブローチが水底に沈んでいく…というアニメーションが印象的でした。
アニメ版『赤毛のアン』での「紫水晶のブローチ」は大きな紫色の石がひとつ輝いている、シンプルな形。けれど原作では「小さな卵形で、その周りを紫色の水晶が取り囲んでいる」。
前述した絵本やアニメでは触れられていませんが、このブローチはモーニングジュエリーだったそうです。つまり喪に服す・故人を悼む時に身につけるもの。
マリラの母の形見で、母の遺髪が入っているブローチ。だからそれをアンがなくしたと思ったマリラは、とても怒りました。このあたりの事情を知らないと、「マリラが意地悪すぎ」と感じてしまうかもしれません。
今回あらためて調べてみたことで原作でのブローチ設定を知り、思いがけず「死/眠り」というイメージに回帰し、さらに「水に沈む」イメージから珊瑚にも繋がりました。
なので、
「パッションちゃんとクールくんが祖父母世代の形見(珊瑚やアメシストの装飾品)をきっかけに、死・眠り・夢・酩酊(酔い)がないまぜになった水底の国に迷い込んでしまう」
という裏設定を作りました(ここまでが長かった)。
冒険衣装ラフ
日本には「三途の川」というあの世とこの世の間を流れる「川」の概念がありますが、
ギリシャ神話にも冥界を取り巻く「ステュクス(Styx)」という地下大河があります。
今回の二人はそんなかんじの「川」を通って、「死・眠り・夢・酩酊がごっちゃになったちょっと怖い国」に入ります。
ちなみに、ギリシャ神話での眠りの神ヒュプノスと死の神タナトスは双子で、夜の女神ニュクスの子供達(他にもいっぱいいる)。たぶんどこの国の神話でも「死」と「眠り」の境目は曖昧なんでしょうね。
パッションちゃんのファッションは
古代ギリシャ・ギリシャ神話研究科の藤村シシンさん主宰「古代ギリシャナイト」のディオニュソスの信女スタイルを参考にしました。
古代ギリシャの女性の服装(キトン)は現代でいうロングワンピースみたいな形。パッションちゃんのようなミニ丈は基本的に男性の格好らしい(でも狩猟の女神アルテミス像は短め丈だったりするので、アクティブな人はミニなのかな)。
3巻までのパッションちゃんはパンツスタイルなので、4巻にして女の子っぽい格好になってる…と思いきや古代ギリシャ視点だとむしろ男装である。誰もそこまで気にしないだろうけど、なんだかおもしろかったです。
クールくんの格好はクラミュス/クラミス(Chlamys)。
当時の英雄の旅装(短めのマント)で、この下は基本裸だったっぽい??けどさすがにそこまで再現するわけにはいかないので、丈の短いキトン+スパッツみたいなのを履かせました。
帽子は古今東西の船頭が被っている日除け帽のイメージ。ヴェネチアの「ゴンドリエーレ(Gondoliere/ゴンドラ乗り)」もつばの広い帽子をかぶっていますね。
ステュクスには日光とか射さないだろうけど。
「古代ギリシャ 服装」とかでなく具体的な名称で検索すると、その界隈のガチオタさんの解説やハンドメイドコスプレ衣装(いろんな角度から撮られてるのがあって参考になる)もヒットしておもしろいです。
装画ラフ
3巻の海賊船とはまた違う、石棺のような船を漕いで進むふたり。
アメシストがきらめく晶洞の先に、水底へ続く珊瑚の城があります…
なぞとき本の本編では全く語られないけれど「あの世」への入り口という設定なので、ふたりの表情も少しシリアス。でもやっぱり基本は楽しい児童書なので、怖くなりすぎないように。
晶洞(ジオード)
アメシストがモチーフの巻では巨大な「晶洞」を描きたかったので、なんとか盛り込むことができてよかったです。
装画-完成
珊瑚でできた城(ヤシロ)だけど、そこには海神が住んでいそうな生命力は無い。その珊瑚はすべて死骸で、水中ではなく水上にそびえ立っている。美しいけれど寒々しい世界。骨のように真っ白な鳥居をくぐって水底へ進むと、そこは死と眠りと夢と酩酊の世界…
ニライカナイや竜宮城のような日本ぽいイメージもどうにか出せないか…と悩んでいたところ、「厳島神社のような、水上に立つ鳥居を描いたらおもしろいのでは?」と思いつき、どうにか形になりました。
お気に入りです。
扉・まとめイラスト ラフ
扉は各巻でモチーフになっている宝石の説明をしつつこれから冒険に行くぞ!と盛り上げるページ。
デザイナーさんが作ってくださったレイアウトラフを元に、どうイラストを構成するか決めていきます。
扉イラスト-完成
完成した見開きページ↓
まとめイラスト-完成
紫色のインクで刷られた後半のページはこんなかんじ↓
すべての謎を解いたふたりは、夢から醒めるように現実へ帰ったことでしょう。お酒を飲まないこどものふたりだからこそ、悪酔いせずに帰れたのかも。
作業のおとも
『珊瑚の城』
Sound Horizonの自主制作アルバム『Thanatos』収録の楽曲。
サンホラは学生時代に友人に勧められて知りました。
(あの頃はまさかRevoさんが紅白に出るとは思わなかった…)
ギリシャ神話の死神タナトスをタイトルに冠するこのアルバムは、「死」「眠り」を想起させる静かな曲が多い。その中でもゆっくり水底に沈んでいくような『珊瑚の城』は今作を描くにあたっていい導入剤になりました。
「ゲームさんぽ」より『HADES』
ゲームは未プレイなんですが、古代ギリシャの冥府が舞台だというので見てみたら楽しかった。
16:50ごろからの「ルネサンス期くらいに描かれたカロン(冥界の渡し守り)はお年寄りだけど、古代ギリシャ人が描いたカロンは意外と若くて(船を漕ぐって体力仕事だし)、動きやすいミニスカートを履いてる」という話がおもしろかったです。
『ABZÛ』
こちらも「ゲームさんぽ」で知ったゲーム。
穏やかでカラフルな水中世界。とても素敵。
それと、NHKでやっていた沖縄のめちゃくちゃ美しい珊瑚礁の番組を見て癒されたりもしました。
(癒された一方で、辺野古の普天間基地問題はあらためて納得いかねぇなぁ…と憤ったり)
現実の珊瑚礁が映えるのはやっぱり明るい昼の海なので今回のテーマとは噛み合わず、それらが直接絵作りの参考になったわけではないのですが…また別の機会に活かせたらいいなと思いました。
これにてシリーズ全4巻のご紹介は終わりです。
余談の割合の方が大きかったような気もしますが、いつもアレヤコレヤとアイディアをコネ回しながら描いています。
楽しんでいただけていたら幸い。
サポートしていただいた売り上げはイラストレーターとしての活動資金や、ちょっとおいしいごはんを食べたり映画を見たり、何かしら創作活動の糧とさせていただきます。いつも本当にありがとうございます!!