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知らぬ間にトーマが復活していた

 ドーモ、noteユーザーの皆さん。伊芹彼方(イゼリ・カナタ)と申します。略してZernat(ゼルナット)とも言います。以後お見知りおきを。
 無闇に外出できないので専ら映像鑑賞とネットサーフィンと積み本の消化で時間を潰しているわけだが、それらを以ってしても暇は暇なのでこうして駄文を書き連ねているわけで、今回はちょっとした音楽の話を書こうと思う。

伊芹彼方プロフィール:好きなバンドを3組挙げるならthe band apart、GRAPEVINE、avengers in sci-fi。

 とは言っても今回は普段そこまで聴かないジャンルのことである。普段は邦洋楽+アニソンとかをiPodにブチ込んでシャッフルで作業中やら移動中に鳴らしているのだが、珍しくボカロの話をしたい。
 詳らかに音楽遍歴とか語る気にはなれないけど、まあ中学生の頃はボカロすなわちVOCALOID関連の音楽も聴いていたんすよ。ジャンプ系のアニメ主題歌からロック方面をディグり出したのと同時期。理由は明快で周りが大体ニコニコ動画を見てボカロ音楽を聴いていたから。カラオケに行くとみんな早口の曲歌うんすわ。だから流されてまんまとアカウント作って聴き始めたわけです。当時はボカロ第2次ブームくらいで、所謂ボカロック的なバンドマン崩れみたいな人たちがめっちゃ流入し始めた頃だった。私が知ってるボカロ市場はNeru「ロストワンの号哭」(2013年3月)くらいまで。それ以降はナユタン星人くらいしか知らん。『カゲロウプロジェクト』が全盛だったのも覚えている。クラスの可愛い娘が『カゲプロ』のラノベを貸してくれたはいいが面白くなくて、でも「面白かったよ」つって返した気がする。うわっ、なんか急に死にたくなってきた!
 でまあ、ランキングとかチェックしつつ粗方有名なのは聴いてまわったわけですよ。ハチとかwowakaも結構好きだったんだけど、何よりトーマが好きだったんすよね。

トーマ

 この「バビロン」(2011年5月)でブレイクして色々作ってた人なんだけど、なんかゴチャゴチャしてるんだよね。曲も歌詞も。と書くとステレオタイプなボカロックという印象を受けるけど、下敷きがポスト・ハードコアなのよ。まあ歌詞もなんか好きだったんだけど今回は音楽の話ということで一旦置いといて、The Fall of Troyとか凛として時雨とかに類する変則的な曲展開と攻撃的なフレーズを連発する感じをボカロでやってるのは結構目新しかった。ハチやwowakaも近くはあったんだけど、ハチは打ち込みっぽくて、wowakaはダンスロック寄り。これらのボカロックはやたら口当たりのいい単語を並べまくった歌詞と共に多数のフォロワーを生み出し、今のボカロシーンに至る。

 あとトーマのサウンドを特徴付けていたのは音作りも大きかったと思う。シングルコイルっぽいジャキジャキした鋭さを残しつつ、動物の鳴き声を加工したような、あるいはパイプオルガンのようなあの形容し難いギターサウンドがノスタルジックで良かった。カッティングを交えた緩急の効いたフレーズが多くて、私がカッティング好きになったのはアベフトシ説とトーマ説がある(諸説ある)。「バビロン」以前はポスト・ハードコアらしく初音ミクにスクリームさせたりしてたんだけど、合成音声でやるのは限界があったか。しかし押しなべて独特なアトモスフィアを持っていたのは間違いなく、現に私が未だに聴いているボカロ音楽なんてこの人くらいなものである。

本題:Gyoson

 で何でそんなん紹介したかというと、メジャーでアルバム『アザレアの心臓』をリリースしてから長らく行方を眩ませてたんだけど、2019年2月に生存報告したのよ。それに気付いたのが2020年2月。1年間何してたんだワシは。数少ない、というか唯一オキニ(死語)だったポカリポー、じゃないボカロPだぞ。
 Gyosonという名前でTwitterを始めて、デモとか上げているので聴いてみると、日付が示す通り2013年以降の音楽活動がそれとなくわかる。ああ、ちゃんと音楽やってたんだな良かった良かった。2014年あたりのデモは割とボカロ時代の名残があって、シングルコイルギターのカッティングにダンスビートという感じのファンク寄りダンスロックなんだが、徐々にバンドアンサンブルは薄れていく。前に出ているのは甘ったるいシンセとタメのある打ち込みドラムで、辛うじてギターが残っている程度と、ボカロ時代のイメージでいきなり聴くと驚くだろう。で、曲として発表されていたのが「Downhill」と「白夜」の2曲。ちなみに別に「トーマです」みたいな宣言はしてないけど、Twitterできたタイミングでニコニコのプロフィールにリンクが載ったからほぼ確定。何より曲を聴けば声は同じだし。

 ポスト・ハードコアからどう変化したのか。聴けば瞭然だが、これはトラップである。罠ではない。要は最近のヒップホップ。詳しくはないので各自調べてくれ。ラップこそしていないがトラックの気怠さ、リフレイン感、ハイハットのニュアンスとかはまさにといった感じ。めちゃくちゃ垢抜けてCOOLになった。歌声はそんなに変わっていないだけに変化がよくわかる。「なぜこの方向に?」と思う人もいるのだろうか。まあでも相変わらずダンスロックは人気だし? しかし私は完璧に腑に落ちた。『アザレアの心臓』リリースの際に受けたナタリーのインタビューがある。まだ残ってた。

 ポスト・ハードコアひいてはロックに傾倒したのは高校の軽音楽部に入って以降で、それ以前はヒップホップばかり聴いていたとある。むしろヒップホップの方が原点だったというわけだ。ナタリーの「いろんな音楽の引用とカットアップで曲を構成するトーマサウンドの源泉」という分析もまあ妥当か。暫くポスト・ハードコアをやって所謂「アザレアシリーズ」にピリオドを打ってから、再びリズム主体の音楽に回帰したという帰結。単に音楽遍歴を遡行したということではなく、最新のモードにアジャストしたトラップというジャンルで、しかもボカロ時代の歌モノ制作を通じて養った憂いのあるメロディセンスを活かす形で舞い戻ったことになる。俄然、これからが楽しみになってきた。Gyosonでチルっていこう。

↑先週ドロップされた最新曲。
 思えばボカロ出身でリズム傾倒に走ったのといえば、今や国民的大スターと相成った米津玄師ことハチがいる。ちょうどアルバム『BOOTLEG』以降。Gyosonには米津のようになってほしいとは別に思わないので、気ままに音楽を作り続けてくれたらと思う。あわよくばGIGも……。

『アザレアの心臓』(2013.04.03 / dmARTS) REVIEW

 ボカロ時代のトーマを再検討してみようということで、今更ながらボカロ時代後期のメジャーアルバム『アザレアの心臓』を1曲ずつレビューしていきたい。なんだかんだ結構聴いているので的外れな物言いは出てこない……はず。
 このアルバムの前にも自主制作の『Eureka』というアルバムがあって、「バビロン」をはじめキャリア前期の曲はそちらに収録されているのだが、廃盤でどこにも流通がない。YouTubeに違法アップロードされてはいるのだが、それでレビューするのはあまりに忍びない。「老人とベレッタ」「ユーリカの箱庭」とかクソ名曲なんだけどね。ということで『アザレアの心臓』1曲ずつレビューしていきます。このアルバムタイトル、別に『トーマの心臓』とは関係ないからね。

 参考までにさっきのとは別のインタビューも貼っておきます。

1. 潜水艦トロイメライ
 いきなりハイライト。というかこの曲が一番好き。オープニングナンバーから全開。
 ジャズ……とは言い難いシャッフルビートからダンスビートへと移行し、その間も忙しないクランチギターと歌詞が矢継ぎ早に入り乱れる。これぞという曲調にテンションが上がりまくる展開だが、Bメロの美しいメロも良い。後ろで鳴っている安いラッパみたなシンセは浮遊感がある。で1コーラス終わった後のリフ。そしてCメロを挟んでギターソロ、これが超絶。ツインリフが気持ち良い。
 FACT並みに展開し続けるフレーズに、特徴的なクランチサウンドのギター、そして早口でまくし立てるGUMIというトーマ濃縮還元的な一曲で大変満足度が高い。

2. リベラバビロン
 代表曲「バビロン」のリメイク。と言いつつもう全然違う曲である。テンポが落とされ、よりダンサブルなファンクネスが強調されている。かと思えばサビで転拍子して速くなるし、これまたトリッキーさが増している。テンポを落とした割に譜割りはさらにシビアになっており、間違いなく舌は回らない。
 ラスサビ「それじゃまたいつか」と言い捨てた後のイントロのフレーズに戻る転拍子がたまらない。原曲からお決まりのファンキーなアウトロも健在。

3. サンセットバスストップ
 カッティングが気持ち良いミディアムナンバー。イントロが耳に残る残る。2本のギターのオブリガード的な掛け合いが心地良いし、後ろのシンセもGRAPEVINEの「スロウ」的な異空間感を醸している。
 トーマのノスタルジーここに極まれりといったところか、夕焼けに包まれてバスに乗る情景描写に気合いが入っている。バンドアンサンブルではあるものの、いつもの埋め尽くすようなノイジーなサウンドではなく、一音一音が聞き取りやすい。「止まりますボタンのプラネタリウムが帰路に舞う夜光虫みたいで」ってすげー歌詞だな。

4. 魔法少女幸福論
 トーマとしてニコニコ動画にアップロードした動画としてはラストの曲。「マダラカルト」的な胡散臭さが、魔法少女というテーマで再現前している。わざとらしくポップなシンセにかなり歪んだギターが合わさる何とも暴力的なサウンドが、『魔法少女まどか☆マギカ』以降のアンチテーゼ系魔法少女に近しいテーマであることを物語る。
 歌詞の頭を「たたた」などと重ねて発音したり、サビ前にブレークを入れたり、イントロやサビがノリやすい表拍主体になっていたりと、めちゃくちゃポップだがポップとは言わせないぞ的な仕上がり。間奏のギターソロは言うほど主張してはこないものの左右に音を振られて脳が揺れるよう。ダンスビートのCメロを抜けると落ちサビからの半音上げというこれまたコテコテな感じでコンセプトがわかりやすい。一曲通してコンプレッサーの効いたパワフルなギターが目立つのはトーマの中でも異色さがある。

5. envycat blackout
 前作『Eureka』収録「エンヴィキャットウォーク」のリメイク。原曲の軽やかなイメージから一転、ヘヴィなサウンドに生まれ変わった。ヘヴィキャットウォーク。原曲の方、オリジナルバージョンより歌ってみたの方が再生数稼いでて可哀想。
 「リベラバビロン」もそうだが、原曲が初音ミクなのに対しリメイクの方はGUMIなのでより中音域が出ている。また、大まかな展開やビートチェンジなどのギミックは変わっていないものの、ビートチェンジが大袈裟になり、何より音作りが歪みギターとプリセットっぽいシンセのアタック感の強いサウンドとなったのが大きく、見違えて聴こえる。原曲に少なからずあったキラキラポップ感が正しくポスト・ハードコアに落とし込まれた格好となる。そして「リベラバビロン」同様のジャムっぽいアウトロが追加されており、最後まで展開を楽しませてくれる。

6. 九龍イドラ
 前作『Eureka』収録「九龍レトロ」のリメイク。「リベラバビロン」「envycat blackout」の2曲とは違い、サビの譜割り及び歌詞と全体的な音作り以外は原曲と同じという、最も原曲の面影を残した楽曲となった。変更されたサビの部分はただでさえ早口だった原曲を遥かに上回るマシンガンっぷりで、歌わせる気がまるでない。「バビロン」は全てが渾然一体となった街だが、これはチャイナというか香港アトモスフィア。
 元よりこの曲はダンサブルで、伝家の宝刀カッティングと跳ねるようなベース、それらとキメを合わせるように歌われる体言止め多用の歌詞が心地良くノらせてくれるのだが、今回リメイクされたことで浮き彫りになったのは生楽器の重要性だ。「九龍レトロ」だけ聴いていたなら別に何も思わなかったのだろうが、本アルバムはほぼ全編バンドサウンドをスタジオでレコーディングしており、リメイク楽曲にも適用された。これによって違いがわかりやすいのはリズム隊で、ベースのストローク感がよくわかるようになったのと、何よりドラムのロー(低音)がよく出ている。原曲の方はいかにも打ち込みという感じでやたらに手数が多く、ハイハットが少ししつこい。圧倒的にリメイクの方が良いサウンドになっている。

7. 廃景に鉄塔、「千鶴」は田園にて待つ。
 この曲はボーカロイド歌唱ではなく、本人の歌声。なんだかよくわからないタイトルが指すように(?)かなり文学的な歌詞内容になっている。初めて聴いた際は「誰だこの声?」と思ったが、柔らかくて良い声だ。世界観的には鉄塔とか田園とか、アジアの原風景的なものを感じる。
 初っ端から2本のギターが絡み合い、サビでダンスビートになるまでは正統派ギターロックという感じで好印象。1サビ終わりのフレーズや2番の展開も良いのだが、Cメロやってそのまま終わるブツ切り感が小説の序章部分といった風味で良い後味である。喜八の『大菩薩峠』みたいだな。
 これだけ物語調でも当時流行っていたボカロ小説は頑なに出さなかったのは英断と評す他ない。エンタメや芸術はティーザー(焦らし)や勿体ぶりでできているものだ。知らんけど。

8. オレンジ
 リヴァーブがかったギターとピアノが印象的なバラード。歌詞内容の「二人」のように歌メロをオクターブ違いで歌わせている。冒頭に書いたトーマの特徴的なクランチ(なのかそもそも?)ギターサウンドの祝祭性というか、福音のような響きが一番わかりやすい曲だと思う。こんなストレートにラブソング書いているのも珍しいものだ。曲の展開も割と素直。

9. 未来少年大戦争
 限りなく衒いのないギターロック! サビのダンスビートも素直にノれる。こういうのは素直に盛り上がっとくが華。タイトルに沿う未来感のあるシンセもスパイスとして効いている。比較的シンプルながらもキメはかっちりしていて引き込まれるし、間奏の力の抜け具合も良い。駆け抜けるような一曲。

10. ヤンキーボーイ・ヤンキーガール
 作中世界的には「マダラカルト」と共通らしい。テーマ的にも「マダラカルト」「魔法少女幸福論」と同じく胡散臭さのあるものを狙ってやってる印象を受ける。ヒロイックに描かれるヤンキーは絶対フィクションだとわかって歌ってるでしょ、みたいな。
 サウンド的にはガチャガチャしたギターロックという感じで、動画の原曲からリズム隊が生に差し替えられた恩恵を預かっている。メロディはアルバム内で最もキャッチーと言ってよく、「ねえヤンキーボーイ・ヤンキーガール」のフレーズなんかも口ずさみやすい。後期トーマを象徴するアンセムめいた一曲。

11. クジラ病棟の或る前夜
 ピアノと打ち込みサウンドの前作『Eureka』の雰囲気を色濃く残す一曲。ミディアムテンポで囁く初音ミクの声の耳障りが良い。ストーリーテリングがスッと入ってくる。絶対シングルカットとかはされないような曲だが、こういう曲があるのがアルバムならではの楽しみだ。譜割りも無理がなく、壮大になりそうな予感の割に3分半に収まっているのも好感。

12. アザレアの亡霊
 タイトルナンバー的な一曲。カッティングと変化に富んだリズムパターン、アップテンポながら憂いを感じるメロディでトーマらしさに溢れている。ヴァースをキメ多用のかっちりとしたビートで引っ張りつつ、サビではグルーヴやコード感よりもエモーションを全霊で吐き出すイメージ。

13. 心臓
 ラストナンバーは「廃景に鉄塔、~」と同じくトーマ自身による歌唱。イントロのギターがいかにも福音的というか、希望に満ちたイメージを想起させる。歌詞内容は祈りとも懺悔ともとれ、hopefulな曲調とは裏腹に救いのないことを言っている……気がする。
 何よりメロディが美しすぎてずっと聴いていられる。2サビ省略のコンパクトな展開かつ衒いのないシンプルな音作りだが、それ故に刺さる。ラスサビの半音上げ転調も「魔法少女幸福論」ではわざとらしく思えたが、この曲では必然とさえ感じる。最後は心臓の鼓動で幕を閉じる、このアルバムの、ひいては「アザレアシリーズ」の大団円(かどうかはわからないが、ともかく有終の美)に相応しい名曲である。

未来へ

 『アザレアの心臓』はこれからも聴き続けるだろうし、Gyosonの曲もこれから増えていくのが楽しみだ。Gyosonの曲のジャケットにある「HMCMG」とは何なのだろうか。アルバムのタイトルとかだったら嬉しい。早くアルバムをドロップしてくれ。あとできれば『Eureka』を再販してくれ。頼む。
 ここまで読んでくれてありがとう。一応今回はトーマを全く知らない人にもわかるように書いたつもりだったが、興味を持ってくれたら僥倖である。今は稀代の音楽クリエイターのカムバックを素直に喜んで、音楽に身を溶かしたいと思う。ステイチューン。

伊芹彼方 IZERI Kanata a.k.a. Zernat

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