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短編小説|しっそうした女

探偵というなんでも屋の仕事をしている俺の元に依頼が入った。女を捕まえてくれ、というものだった。おかしな頼み方だなと思ったが、金になるなら俺はやる。詳しく事情を聞いてみることにした。

しかし、男は妙に落ち着かない様子で今にも事務所を飛び出しそうな勢いである。いったい何があったんですか、と聞いても
「早く彼女を捕まえてくれ。早くしないと行ってしまう」
というばかりである。

ははあ、なるほどな。どうやら女に振られてしまい、その女は遠方に引っ越しでもしてしまうのだろう。場所も告げずに出ていってしまい、この男は焦っているというわけだ。

「わかりました。引き受けましょう。ただし、急ぎであるならばその分料金も上乗せになりますが……」
「いくらかかっても構いません。彼女を必ず捕まえてくれるなら」

俺は悪い考えが浮かんだ。このタイプの人間はいくらでも金を出してくれるはずだ。女をさっさと見つけて事情を話し、この男から金を引っ張れるだけ引っ張ったら引き合わせよう。よし、そうしよう。

「では、さっそく今から捜索に行こうと思います。彼女が行きそうな場所に、心当たりはありますか」
「捜索? 捜索なんて必要ありません! とにかく今すぐに外に出てください!」

男が叫ぶと、俺を掴んでそのまま外まで引っ張り出した。
外に出るなり、男は西の方を指差した。

「あと数秒で、向こうの方角から彼女が来ます。目の前を通りますので捕まえてください」

そう言うと、男は俺を道路の真ん中にドンと押し出した。

女がここを通ることを知っているなら、自分でどうにかすればいいはずである。それを俺に頼むということは、この男、よほど気が弱いと見える。もしかしたら、考えている以上に料金を上乗せできるかもしれない。そう思うと自然と笑みがこぼれた。金が手に入ったら、しばらく遊んで暮らそうか。そんなことを考えていると、男が叫んだ。

「あ、来ました。彼女です! さあ捕まえてください!」

男が指差す方を見ると、モクモクと砂埃が上がっていた。その先端に、とてつもないスピードでこちらに疾走してくる女がいた。

女は赤信号の交差点に突入すると、車を2,3台蹴散らしながら猛然と走ってくる。弾け飛んだ車は、ぐるぐるときりもみ回転をして道路脇のビルに勢いよくぶっ刺さった。

女がスピードを更に上げた。辺りにはソニックブームが発生し、物凄い轟音と共に建物が崩れ落ちていく。巻き込まれた人間が、ボロ雑巾のように四方八方に飛び散った。

「あ、やばい! では後は頼みます」

男はそう言って、マンホールの蓋を持ち上げるとさっさと下水道に逃げていった。

俺は、幼少期の走馬灯が目の前を流れ始めていることに気がついた。


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