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小説|それから300年後

友人の家は江戸時代から続く古い建物で、茅葺きの屋根は全体が苔で覆われている。畳は波打っているし、木製の壁は元の色が何色だったのか分からない程に黒ずんでいる。そんな歴史ある建物は、この度取り壊されることになった。

近隣住民から、由緒ある、歴史ある、と言われるのは嫌ではないが、決して金にもならないのでここいら辺で区切りをつけて近代的な新築物件を建てるそうだ。家財道具の一式はすでに運び出しているので、あとは取り壊し作業を待つばかりとなっている。

そんな折に友人から呼び出され、今、この家の目の前に立っているのが何を隠そう俺なのである。

「何度見てもすごい家だよな」

小学生時代からの友人ということもあり、俺は何度もこの家に遊びに来たことがある。昔から古い家だとは思っていたが、いつ見ても相変わらず古い。この家を見ていると建物としての限界を超えて、自然の理の外に存在しているかのように思えてくる。思わずスマホで写真を撮った。あとでSNSにでも上げておこう。

「そうだろ。築300年らしいからな、300年前と言ったら江戸時代だぜ」
俺が友人と友達になってから、それこそ300回くらい聞いた自慢である。江戸時代からの建物に住んでいるのは確かに凄いことかもしれないが、実際は冬は寒く、夏は暑い。隙間風も尋常じゃなく、雨漏りも酷いらしい。

しかし、築300年という呪いのようなものに縛られた友人一家は、これまで弱音のひとつも吐かずに暮らしてきたのだ。

「で、その300年前のお宝がどこかに眠っているというわけか」
「ああ、死んだ方のじいちゃんがいつも言ってたからたぶんあると思う」
この死んだ方のじいちゃんというのは、晩年、激しくボケていたという話であったが、金に関しては脳みそが冴え渡っていたという話もある。もしかしたら、もしかするということで俺も密かに期待していた。

「蔵を探すんだっけ?」
築300年の屋敷には、築300年の蔵ももれなく付いてきていた。友人が生まれた頃には、すでに物がいっぱいに詰め込まれており、蔵の奥の壁を見たことが無いらしい。

「いや、蔵には錆びた銃剣があったくらいで、他には何も無かったんだ。だから今日は屋敷の方を探す」言って、俺達は屋敷の中へ入った。

錆びた銃剣というのも十分に価値がありそうではあるが、大日本帝国軍の支給品だとすればせいぜい7,80年前である。なるほど、300年前には遠く及ばない。

「実は、死んだ方のじいちゃんが死んだ日のことなんだけど。息を引き取る寸前、天井に向かって手を伸ばしてたんだ。その時の表情がなんとも物欲しそうな顔しててさ、口の形も『お』みたいになっていたし。だからそれは、お宝の『お』だったんじゃないかなと思ってるんだ」

そんなに虫のいい話があってたまるかと思うのだが、いかんせん築300年ときている。虫のいい話のひとつやふたつあってもおかしくはない。俺たちは、死んだ方のじいちゃんが死んだ日に、手を伸ばしていたという天井の板を外してみることにした。

庭から持ち出した物干し竿を構え、えいやと天井を突くと板は簡単に外れた。そして驚くべきことに、その隙間からゴロゴロと無数の巻物が落ちてきた。

俺も友人も飛び上がって喜んだ。もしかすると、歴史を動かしてしまうようなお宝がこの中にあるかもしれない。ひいては、晴れて俺たちは億万長者の仲間入りかもしれない。そんなことを思いながら、落ちてきたものを早速確認してみた。

俺はスマホでパシャパシャと写真撮りまくった。どれもこれも古い巻物だった。しかし、どれもこれも古すぎたのだろう、湿気とカビと虫食いによって、紙くず同然のものばかりだった。やはりそんな虫のいい話などは無いのかもしれない。俺は一瞬でも喜んだ自分が、急に恥ずかしくなった。

ところがどうしても諦めきれない友人は、どこからか脚立を持ってくると天井に向かって立て掛け登り始めた。天井板をもう一枚ずらすと、その隙間に頭を突っ込んだ。

友人は「あっ」と叫ぶと、さらに両手も隙間に突っ込んで薄い箱のようなものを取り出した。すすだらけになりながら、ほらな、という表情で俺のことを見ている友人がいた。

あらためて箱を畳の上に置いて観察してみた。上蓋には何やら文字が書いてあるが、やはり読めなかった。しかし、頑丈そうな木材でできており、黒ずんではいるが壊れている様子は見られない。もしかすると中身は無事かもしれない。

友人は、神妙な面持ちで箱を開けた。

果たして、中に入っていたのは小冊子のようなものだった。片側を紐で閉じた紙が数十枚の束になっている。そして、思ったとおり、箱に守られていたそれは保存状態が良かった。

俺と友人は今度こそ喜んだ。

友人によれば、これは当時この屋敷に住んでいた菊右衛門という武士が書いた日記らしい。なぜそんなことが分かるのかと思うかもしれないが、ちょうど友人は古い文献を読むことが趣味の男だった。

最初の数ページを読んで分かったことは、この菊右衛門なる男はそこそこの身分でありそこそこの暮らしをしていたそうだ。腰には大小をぶら下げており、歴史の教科書に出てくる武士そのもの、のような男だった。

であるからして、特筆して何か歴史が動くようなことは書いておらず、最近野犬が多くて困るだの、街では辻斬りが出たので今度出くわしたら切り捨ててやるなどということが書いてあった。もちろん俺たちはがっくりと肩を落とした。江戸の日常が分かるのは面白いことだったが、あくまでもお宝を探していた俺達にとっては退屈なものに過ぎなかった。

しかし、10日目の内容はそれまでとは少し違っていた。

その日、菊右衛門の世界では日蝕が起こったらしいのだが、当然、日蝕のことなど知る由もない。菊右衛門は摩訶不思議、妖怪変化、狐やムジナの仕業に違いないと書いており、文面だけでも慌てふためく様子が書かれていた。

刀の柄に手をかけて、周囲を気にしていると日蝕は終わり始めたようだった。

不思議なことがあるものだと太陽を見ていると、さらに不思議なことが起こったという。屋敷の雰囲気が変わったのだ。茅葺きの屋根全体が苔むしたようになって、壁という壁は黒ずんでしまったそうだ。

そして中に入ってみると、波打った畳の上に奇妙な服装をした人物がふたりいたという。

菊右衛門は再び刀に手をかけた。

するとひとりが、光沢のある木の板を顔の前にかざしたという。その瞬間、目もくらむような明かりを浴びせられたそうだ。あまりの眩しさに、菊右衛門は今度こそ妖怪の類いだと確信し、刀を抜いてふたりを袈裟斬りにしたという。

すると目の前のふたりは消えて、屋敷の雰囲気も元に戻ったらしい。まったく珍奇な出来事であったと思ったが、刀には血がべっとりついていたので、これでもう心配はないだろう。というようなことが書いてあった。

突然の江戸オカルト話に、俺たちはゲラゲラ笑った。

どれ次のページには何が書いてあるのかと思った時、背後から音がした。

振り返るとそこには奇妙な服装をした男がひとり立っていた。まるで江戸時代の中から出てきたような出で立ちで、腰には大小をぶら下げている。

俺は思わずスマホを構えると、パシャリとシャッターを切った。

フラッシュが男を照らすと、そいつは恐ろしい形相で刀を抜いた。

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