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#19 あれ?俺たちなんで戦っているんだっけ。優柔不断な足利義政と応仁の乱

このエピソードで学ぶこと

強烈なカリスマ足利義満の下で安定した日本。
しかし、彼が死ぬとほころびが徐々に徐々に生じます。
あまたの混乱を経て、応仁の乱という京都を灰塵に帰した争いが起きます。

本編(0分49秒)

・南北朝は合一されたものの、相続をめぐる問題の根源的な解決が出来ていなかった。
・特に4代将軍義持の後継者問題がこじれてしまって、なんと将軍をクジ引きで選ぶという事態に。
・6代将軍の足利義教は、力による恐怖政治で統制をしようとするが、反発する勢力に暗殺されてしまう。
・その後に出てきた足利義政は銀閣寺を建立するなど文化事業にばかり集中する。
・義政は、将軍を譲りたいと弟を後継者に決めたら、義政と正妻の間に息子が生まれてしまった。
・義政は、こういった状況下で判断を先送りしていった結果、派閥争い・対立が激化していく。
・結果、応仁の乱という京都が廃墟・灰塵に帰する大きな内乱が起きてしまった。
・みんな自分のことばかりを考えての内乱だったため、目先の利益での裏切りが先行して大混乱が続くことに。

今回のおさらい(12分06秒)

Q1:足利義満の死後、日本はどうなったの?
→権力が分散し、なかなか安定せず一揆や内乱が多発。6代将軍は家臣に暗殺される事件も発生した。
Q2:8代将軍足利義政の後継者候補には誰がいたの?
→義政は男子に長いこと恵まれず、弟を後継者にしたら、なんと義政と正妻の間に男の子が生まれてしまった。
Q3:応仁の乱はどうして起きたの?
→元々は室町将軍家の後継者争いだったけど、色んな思惑が錯綜して大混乱になった。
Q4:応仁の乱の結果、室町幕府はどうなった?
→室町将軍の権威は失墜して、応仁の乱が終結したあとも混乱の時期が続き、いわゆる戦国時代が始まった。

次回予告(13分10秒)

相続のルールが確立されていない中、
各勢力の相続における混乱が極地と達した応仁の乱。
将軍家からその下の階層に至るまで、
相争い、戦乱によって京都は廃墟となってしまいます。
日本全国は混乱が続いていきますが、再び地方が活力を得た時期
とも捉えることができるかもしれません。
次回、戦国時代と日本統一。
織田信長と豊臣秀吉が出てきますよ。

次のエピソード⇒#20_誰に頼ればいい?戦国時代の地方創生モデルと豊臣秀吉の日本統一

前のエピソード⇒#18_裏切りがデフォルト南北朝時代と足利義満の剛腕が光った室町幕府


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<0103_銀閣寺と戦乱のアンバランス>


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