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20170923社説から見る現代日本

おはようございます。今日は秋分の日です。陽が落ちる時間が、だいぶ早くなったように感じています。これから秋が本格化していくことでしょう。

本日は全紙において北朝鮮問題が取り上げられています。

日経・読売・産経は「圧力」重視の論調で、特に産経は「圧力の手を緩めるわけにはいかない。(中略)一定の危機意識は共有しながら、対話重視の姿勢を変えない中国、ロシアについても、では自国の責任で北朝鮮の暴走を止めてみろ、といいたい。」としています。

それに対して毎日新聞は「無条件対話や軍事的選択肢はとれない。長期戦になるが、北朝鮮の包囲網を構築し対話の場に引き込むことしか方法はないだろう。」とし、朝日は「圧力と対話の双方を駆使する方策を紡ぎだし、北朝鮮政権と交渉を重ねるしか道はない。」としています。

どちらか一方の意見が無条件で正しいとは言えません。両方の意見に耳を傾ける必要があると考えています。

その中で、本日のオススメ社説は「五輪に未来あるか 永続に向け東京を転機に」です。

筆者自身は、現在の五輪の在り方に疑問を持っています。

スポーツの祭典として最高の競技場で最高のパフォーマンスができるようにしたり、良い成績を求めたりすることが悪いこととは言いません。そのためにスポンサーは必要であり、ある程度の商業主義的な路線も否定はしません。

しかし、こういったものがなければ五輪の理念は伝えられないものなのでしょうか。

オリンピック憲章には、オリンピズムの根本原則の第2項目として「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。」と記載されています。

(オリンピック憲章)
http://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2016.pdf

過去に五輪は、戦争による中止や国際情勢に伴う集団ボイコットがありました。最近では招致にあたっての陰が差し込み、商業利権に絡むキナ臭い噂もあります。

平和の祭典。

その意義は再デザイン可能なものなのか。東京五輪を3年後に控える日本の役割は大きいと考えています。

<社説一覧>
日経:北朝鮮の封じ込めへ日米韓は全力尽くせ/フィンテックを大きく育てよ
http://www.nikkei.com/news/editorial/

読売:日米韓首脳会談 対「北」人道支援は見合わせよ/衆院選野党共闘 民進は「野合」を回避できるか
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/

産経:「洋上で水爆実験」 圧力貫徹し恫喝を封じよ/五輪に未来あるか 永続に向け東京を転機に
http://www.sankei.com/column/newslist/editorial-n1.html

毎日:日米韓の対北朝鮮政策 中露との連携を深めねば/野党間の選挙協力 原則踏まえた候補調整を
https://mainichi.jp/editorial/

朝日:対北朝鮮政策 圧力は手段にすぎない/野党の責任 一本化で政治に緊張を
http://www.asahi.com/news/editorial.html

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